このエッセイ集で「母を早くに亡くすということ」で思うところがありました。

結婚・育児以外ならなんでも経験していてよ!とうそぶいて見るんだが、
年若が、特に母親と死別したと聞くとオロオロするんである。

父親であれば「気楽でいいよね」などというんだが、
母親であればかける言葉が見つからないんである。

ジェーン・スーさんは24歳の時、お母様を亡くされたそうです。

24歳と言えば立派な大人ではないか、親離れしてるではないかと
お思いでしょうが違いますよ。
 

子どもは親離れしていても、父親が妻離れできていないのです。

イマドキのお父さんはどうか知りませんよ。

仕事ばかりしてうちのことは母親に任せきり、
子どもと向き合うのは母親がいる時だけ、
というお父さんは多いのではないでしょうか。

ワタクシの世代は、仕事しかしない父親が大半です。

さて残された父娘はどう生活していいのかわかりません。

コミュニケーションのとり方すらわからないのです。

同居していても未知の存在同士が取るコミュニケーションは、ケンカです。

毎日些細なことでいさかいが絶えなくなるのです。

母親がいない、ということは
いさかいの絶えない生活の連続になる可能性が高いのです。

結果、ジェーン・スーさんは父親と別居して、
時々会う生活をしておられるそうです。

それでいいんです。

親子仲良くなくて良しですよ。


オマエはどうなんだと言われると、うちはまだ両親健在ですが
母親がいなくなってもなんとかなるだろうと思っています。
幸いなことに父親は地域の自治会で何やら活動しております。
家庭以外に居場所があれば、
割と娘のワタクシと過干渉にならないのではと考えております。

もう一つ、いさかうほどの体力と気力が父親にはもう残っていないのです。

どちらかの親と死別して、
どちらかの親と生きてかなければならない時は来るでしょう。

無理に同居しなくても、しょっちゅう会わなくても、それはそれでいい気がします。

たまに会って世間話をして、別々のところへ帰る。

それでもいいのではないでしょうか。

無理に親と仲良くしようとすると、破綻しますし、お互いにとって良くないのです。

親と距離の取り方も、老いじたくの一つですね。

 

みなさまにとって、今日がよい1日でありますように。