「がんばったで賞」は、高校生までのコンテストと授業中しか通じない。

世の中で競争する世界に身を置くのなら、

優勝・採択・記録によって才能は評価される。

どれほど努力しようが、頑張ろうが、採点する側・消費する側から評価されないと、

業績にならない・成績にならない。

「実力と才能がなかった」で終わり。

凡人がどんなにあがいても、才能は手に入らないし天才にはなれない。

 

製作会社や広告代理店のことは全くわからないけど、

人を楽しませるものを作る仕事も才能が必要なことはわかる。

じゃないとただの缶コーヒーのシリーズCMにワクワクして、

続編を楽しみにしない。

 

天才でも経済的な余裕がなければ、ただの人である。

山岸エレンは絵を描く才能がある天才。

だけど、父親は定職につかず売れない絵を描きつづけて突然他界する。

小さい頃は絵を描いていたけど、きっかけがあり、絵を書かなくなる。

アルバイトをしながら、母親と二人で細々と暮らす。

エレンが絵を描くとなれば、当然美大に行く学費、絵の具など、

お金はかかる。

ルーシー・ピグローは、映像を撮影する天才だけど、

貧しさゆえに機材が買えない。

中古のパソコンで画像を編集する。

大学で映像を勉強すればいいのに、その学費すらない。

コンクールで優秀賞を取らなければ、アーティストの価値はない。

素人のワタクシだってそれくらいはわかる。

賞を取るためには、技術が必要・お金が必要・スポンサーが必要。

そのためにはプロデューサーが必要。
プロデューサーをつけるにはお金と実績が必要。

どれか一つでも欠けると、才能があっても埋もれるだけである。

そのためにトップクラスの芸術大学に行かなければならない。

だから芸大に入れる経済力がなければならない。



 

 

岸あかりは生まれながらのモデル。

小さい頃から味が良くてもカロリーオーバーになるとわかれば、食べ物を吐き出す。

それは無意識のうちに吐き出す。しかも摂食障害ではない。

体型維持のためのエクササイズをして、それでも栄養状態のいいバランスのとれた
モデル体型を維持する。モデルもある程度の年齢になると劣化する。
モデルで食べていけないから、
洋服のプロデュースやママタレなど、別の仕事に転職する。
だけど岸あかりは「自分は27歳で死ぬ」と言い放つ。
27歳はモデルとしてピークを迎える年齢、そこから劣化する姿を晒すくらいなら、
一番美しいときに死にたい。
モデル以外のぬるい生き方を拒む。

撮影以外では手がつけられないほどのわがままに行動するが、
いざ撮影となると集中して一番衣装が美しく見えるように立ち振る舞う。
だからこそ「私と同じ才能しかないクズ」とエレンを自分と同類の人間とみなす。

 

朝倉光一は、ジタバタとみっともない。

「なにかにならなきゃ、退屈で生きていけない」と言うが、
才能はない。おまけに天才ではない。

絵を描くのは好き・物を作るのは好き、だけどそれ以上の才能はない。

「がんばったで賞」をもらい続けてきた人間だ。

何者でもない光一は、圧倒的な才能と圧倒的な天才を目の当たりにする。

努力が何の役にもならないことを思い知る。徹夜しようが、
ご飯抜きで作業しようが、

ダメなものはダメ。特にクリエイターと名乗るのであれば、
ヒットを飛ばさなければならない。売れなければならない。
賞を取らなければならない。

「努力賞」も「がんばったで賞」もない。

だけどジタバタとあがき続ける朝倉光一が、世の中の大半を占めているのは事実。

天才と才能を持つ人間は一握りしかいない。特に天才は

 

天才はどこか欠落している。コミュ障とか、買い物ができないとか、
集中し始めると止まらないとか。
そこを天才ではない有能なプロデューサーがマネジメントしていく。
この中で唯一バランスが取れた天才が岸アンナ。
夫と子供を持ち、デザインと経営の才能がある。
有能な秘書に任せられる仕事は任せる。
ただ普通の母親ではないのが娘・岸あかりが
27歳で死ぬ」と家族の前で行った時に、動じないところ。
動じないどころか
「モデルのピークは27歳。その時に一番美しい姿を残して姿を消すのもあり」と
岸あかりの喪服と称した最後の衣装をデザインする。
ここは岸アンナの欠落しているところなのか、どうかわからない部分。

 

いいおばさんがなぜ、この作品に惹きつけられるのか。

理由は簡単、ワタクシは何物にもなれなかったし、なりたいものにもなれなかった。

自分が凡人以下というのは、よくわかっている。

だから天才が疾走していく風景だけでも見ていたい。

それだけ。

 

左利きのエレンのリメイク版はまだ読んでない。映画化される話も出ている。

原作の走り抜ける感じ、天才がのたうちまわって自分の才能と対峙する場面、

どれもうまく表現してくれるだろう。

だって原作がこれだけ素晴らしいんですもの。

ちなみに映画なら岸あかり役は森星さんですね。

ポージングなど見事ですし、背が高いし。

 

キレイなだけの薄っぺらい写真なら、いくらでも撮れる。

自分の撮り方が上手いのではない。

カメラの性能が良くなっただけだから、

絶対に勘違いしてはいけない。

だから取材して被写体に近寄って撮った写真とは、全然違う。

天才が撮った写真とは全然違う。