長崎原爆投下後、救護活動をなさった
永井隆博士をご存知でしょうか?

放射線研究で被爆して白血病になり、
晩年は如己堂という小さな家で、
子ども二人と一緒に過ごされました。
今でも如己堂はあります。
中には入れませんが、外から眺めることができます。
生活されていた当時のまま、
残してあります。

長崎に住んでいる時、
観光に来た友人に永井隆博士のことを話したら
「誰?それ?知らん。」ですまされました。

ワタクシは、
「知らない方がおかしい。
 放射線技師や放射線医師なら絶対知ってる!」と
言い切りました。
後日友人からメール、
「職場で聞いたら誰も知らんって。以上」って。

広島市で生まれ育つと、
絶対平和教育がつきもので、
その中で永井隆博士のことを知ったのでしょう。
小さな子どもを残して、
この世を去らなければならない父親の気持ち、
父親が必要なのにいなくなる現実。

子どもながらに悲しいと感じておりました。
通りにある小さな家なので、
見過ごしそうになりますが、
親子で静かに暮らしていた痕跡が見えます。