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 アラフォーからじは健診項目は増え、病気が見つかっても病気を持ってもおかしくない年代です。 ワタクシの親しい人たちはがんや他の病気になった時、打ち明けることはまずありません。話してくれるのは、治療がひと段落してからです。

 理由は自分たちが大変なのに、他の人の対応までできないからだそうです。 「困った時はなんでも話して」というのは、トラブルを抱えた人にとって大きなお世話です。

 NHKスペシャル「女7人おひとりさま みんなで一緒に暮らしたら」の中で、がんになった一人が誰にも会いたくない、というシーンで考えたことを書きますね。

1.深刻な病気になっても他人に言わない理由



 「友だち近居」で仲良く暮らしていた女おひとりさま7人のうちのひとりががんになり、治療を受けることになりました。お見舞いに駆けつけようとしても「誰にも会いたくない」と面会を拒みます。理由は「健康な人から一方的に言われても理解できない」。

 「自分はこれから受ける検査や治療のことで頭がいっぱいだし、これからどうなるかもわからない。頭の中が暗闇なのに、他の人と話はできない」と続けます。結局残りの6人のおひとりさまは、見守ることにしてお見舞いにはいかないと決めました。  

 「入院して治療が必要で、先がどうなるかわからない病気」にかかると、自分のことしか考えられないのは確かです。特に若い時にあまり病気をしていなかったら、動揺の仕方も違うでしょう。ワタクシも親しい人が病気になっても、打ち明けてくれないのは寂しくて相手はそれほど仲良いと思ってなかったと悲しかったです。何かしたい・相談してと押し付けるのは、こっちの勝手な思いやりと気づきました。  

 お見舞いの対応・病気の説明など、ただでさえ入院や治療で忙しいのに相手をすることに疲れるのです。「何かすることない?」と聞かれることすら、返事をするのに疲れるのです。だから治療が落ち着いて、ごく親しい人にだけ今の病状などを打ち明けます。相手のことを考えているつもりが、実は自分の相手に対する善意を押し付ける、恩を売るなど負担をかけまくっているのです。

2.ワタクシはざわつかれるのが大変不愉快

 じゃあワタクシの場合は、といいますと、一切誰にも会いたくないです。今は便利な時代で、LINEやメールでやりとりできます。でもやりとりするのは親しい人だけです。元々具合が悪い時は、静かにほっといてほしいのです。

 身体壊して入院した経験はありますが、親しか面会に来なくても全然寂しくありません。面会に来られても、疲れるだけですから。そして我が親、小さいことでも「大変だ、心配だ」とカサカサ落ち着きないので、それを見るのも腹立たしい。「こっちが落ち着かないから、いちいち言わないで!」とブチ切れたことは、数えきれません。

3.相手から連絡を待つのも思いやり

 こちらからぐいぐい押しつけなくても、相手が落ち着けば連絡をくれます。それで話を聞いて「大変だったね」とねぎらえば、それでいいのです。ワタクシは友人と滅多に会わないので、たまにあった時に近況報告をします。その中で絶対具合悪かったエピソードが出ますが、「大変だったねー」「もうお互い若くないねー」で終わりです。

 病気になると、意外に忙しく疲れます。歳を重ねるとなおさらです。何かあった時は友情ではなく、病院や相談機関が必要なのはお互いわかっているのです。病気になった友人に「困ったことがあったら言って」とゴリ押しするのは、優しさではなく自己満足や相手と親しい関係を確認するため。決して相手のことを思っているわけではありません。

 親しい人が病気やトラブルを抱えた時は、絆を確認する時じゃないのを頭に入れておきましょう。向こうも何も出来ない子どもじゃないので、自分なりに解決するために行動してます。

まとめー騒がず慌てず静かに見守ろう

 世間様の「病気したらお見舞いする」「何かあったら相談に乗る」などは、ただ鬱陶しい負担になる習慣です。困ったことがあれば本人からいってきますし、相談してきます。だから慌てず騒がず見守りましょう。

 治療の途中退屈でLINEやメールをしてきたら、楽しくやりとりしましょう。しんどいけど気を紛らわしたい、退屈と感じられるくらい病状が落ち着いた時でしょう。  

 自分の善意や相手との関係の確認するのは愚かなことですから、親しい人に何かあった時は静かに見守るのがアラフォーからのたしなみです。


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高齢者おひとりさま生活をハックする、 
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