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オンフィフでフリーランスになった@やすじろうです。
2019年でフリーランス2年目を迎え、開業届を提出して、無事個人事業主となりました。
ブログを開設し、noteのアカウントを取り、文章を書くことで収入を得ようと考えるとは。

 クラウドソーシングで仕事を探し投資を始め、まさか自分がしかもこの年齢でフリーランスになろうとは。人生の予定に入ってなかった出来事です。 ワタクシの人生の予定に入ってなかったフリーランスという働き方。

 でもなんとなく「このまま看護師で正社員で働き続けてもメリットはない」と、アラフォーあたりからぼんやりと考えていました。終身雇用制度は形だけとなり、管理職でもある年齢になると一般社員に降格する「役職定年」という制度があり、50代で早期退職を募られ、同じ職場に勤め続ける意味がなくなっていることを、なんとなく感じていました。

 ついでに看護師で正社員になれば、病院内委員会活動・勉強会・新人指導など、休日返上・サービス残業で時給換算すると安くこき使われるのは経験上わかっていました。だから看護師として働くなら、契約社員か非常勤と決めていました。  

 看護師でフリーランスといえば、訪問看護ステーションの経営者があります。自分の経験を生かすならば、訪問看護ステーションを開設して自分が経営者になるのがベストです。ですが訪問看護ステーションの運営がいかにきついか収益につながらないかは、はたから見てよくわかっていました。

 「自分のしたいケアができるから独立したい」など、ぬるい夢見事を考えるほどワタクシの尻は青くありません。 看護師の仕事以外でフリーランスになれる仕事は何かと考えて、思いついたのがブログとnoteで収益を上げることです。

 心身クラッシュした時期にネット民になり、在宅で働く稼ぎ方・ローリスクローリターンの投資など看護以外でも食べていけることがわかりました。この時ついでにバーンアウトもしてましたから、二度と医療に関わることはないだろうと考え、全く看護師の仕事に復帰する気は失っていました。おまけに病院など医療機関以外で、看護師の経験を活かせる在宅ワークも見つけることができました。

 それではワタクシがフリーランスになったきっかけとなぜフリーランスになったのか・フリーランスになるまでの道のり・一体何をして収入を得ているのかなどなどこれから書いていきますね。

ステップ1 上野千鶴子氏の方向転換に気づく

 ワタクシが自営業を意識したのは、上野千鶴子氏のベストセラー「おひとりさまの老後」を読んでからでした。

 定年退職した後は、再雇用ではなくスモールビジネスで稼ぐのがベスト、というフレーズがワタクシの頭のどこかに引っかかっておりました。 定年間近の年齢であれば、自分が生活できるくらいの収入が毎月あれば十分です。

 おまけに年金制度はこれからどうなるかわかりません。年金や退職金以外の収入源は確保しておくべき、と上野千鶴子氏はアドバイスしておられます。毎月10万円程度稼ぐなら、それほど難しくないとも書いておられます。その才覚がなければ、アラフォーあたりから副業を始めておけば、十分軌道に乗って定期収入が得られるでしょう。

 独立して収入が得られるのなら、わざわざ再雇用先を探す苦労も必要ありません。新しい職場の若人たちから「あのジジイ/ババア、使えねえ」と、うとましがられることもありません。誰にも気兼ねすることなく、ひとりでマイペースに働けるのはいいことじゃないですか。  

 上野千鶴子氏はフェミニズムの草分け的存在です。介護保険が始まった頃から、保健医療福祉分野でよくお見かけするようになりました。てっきりワタクシは「育児・介護など無料でヨメがやらなければいけないことなのか!」とお怒りになって乗り込んで来られたと思っておりました。

 いえいえ、上野千鶴子氏は「独身女性が家族に頼らず老後を送ることができる制度ができた」と、介護保険を利用する気満々で保健医療福祉分野に参入してこられたのです。著作も随分と介護やケアをテーマにしたものが増えました。

ステップ2  心身クラッシュして医療で働くのはムリ、フリーでゆるく稼ごうと決意する

 研究・教育職に望んでついたわけではないですが、楽しい・面白いと感じられる仕事でした。ですが、他人と距離感が取れない上司からのパワハラで心身ともにクラッシュ。
 その上司の人となりは弊記事オンナおひとりさまたち、持病の管理ができないと自分の能力と人間関係を失うよ。をご参照ください。

 おかげで任期更新ができず看護の仕事に絶望してバーンアウトしたことに気づき、二度と保健医療福祉に関わる仕事はするまいと決心しました。他人と顔をあわせるのも嫌で、ひたすらインターネットの世界に入り浸る日々が続きました。ネット民になって意識して何かを探したわけではなのですが、SNSでイケダハヤト氏を知りのブログで稼げることを知りました。

 失業保険で生活できていましたが、いずれは働かなくてはなりません。お金のために派遣会社からゆるく働ける看護師の仕事を紹介してもらい、必要最低限の稼ぎがあればいいと考えていました。この時、某ボディワークのトレーナーになって稼ごうとも考えていましたが、ビジネスモデルができていないのでまず食べていけるほどの収入は確保できません。(結局某ボディワークの組織から、不適合扱いされて出入り禁止になったのですが)

 それならブログで稼ごうと、イケダハヤト氏のオンラインサロンに入会し、2016年1月にブログを開設しました。 もちろん最初から稼げるわけはなく、日記のような内容のブログ記事を更新する日々が続きました。ブログで稼げる仕組みをまったくわかっていなかったので、サーバー・アフィリエイト・SEOなどまったく理解してない状態でただただ記事を更新していました。

ちょっと補足:看護師の仕事でフリーランスにならなかった理由

 ハイリスク・ローリターンだから、看護師の仕事で独立する考えは全くなかったです。看護師でフリーランス・独立開業といえば、訪問看護ステーション開業・人材派遣会社起業・セミナー講師があります。

 訪問看護ステーション開業は、はたから見ていていかにきつくて収益にならないかがよく伝わってきました。提携するクリニックや病院探しから始めなければなりません。
 ワタクシ、ケアマネージャーの資格を持っていないので、介護保険に対応できません。ある程度の担当する患者さんがいなければ、ケアマネージャーの資格保有者を雇って給料を出せるほど収益はあげられないでしょう。

 自分の経験を生かすならば、訪問看護ステーションを開設して自分が経営者になるのがベストです。医療訴訟が当たり前になった今日この頃、リスクマネジメントを考えて担当する患者さんの状態や家族の考え方など、慎重に情報収集しなければなりません。そうでないと、簡単に訴えられてしまいます。敗訴すれば信用も財産も失います。  

 今は看護師不足に拍車がかかってますから、人材派遣会社は乱立しています。老舗の人材派遣会社がいい案件を持っていますから、遅れて起業したワタクシが探せる案件は条件が悪い医療福祉施設です。条件が悪い医療福祉施設に派遣すると話が広がれば、誰も看護師は登録しません。

 医療福祉機関でのセミナー業は、安く買い叩かれます。ただでさえ赤字の医療福祉機関、セミナーを開いたとしてもギャラはそれほど期待できません。建前上、研修をしているだけなので、できるだけコストを抑えたいのです。医療福祉機関が続けて決まったセミナー講師を依頼するのか、毎月依頼があるのかを考えると、セミナー業で独立するのもリスキーです。

 「自分のしたいケアができるから独立したい」など、ぬるい夢見事を考えるほどワタクシの尻は青くありません。

ステップ3   なりゆきで任期付きの仕事につく

 今は絶縁した知人の事務所の手伝いをしている時に、知人の恩師から仕事のお誘いがありました。医療と名のつくものとは縁を切りたかったのですが、研究・教育職には未練がまだあったのです。「イヤだったらすぐやめよう」と軽い気持ちで、仕事のお誘いを受けました。

 未練の他に安定した収入が3年間保障されるのは、魅力的でした。看護教育機関の規定が厳しくなっていたので、今までのようにちょっと病院で働いたことがある程度のキャリアでは、看護教育に関わることができないご時世です。看護師で働いた経験と看護教育の経験を持っていたワタクシ、なんとか教員としての規定をクリアいたしました。  

 今Fランク私立大学は学生確保のために、看護学部を増設しています。ワタクシが誘われた職場も同じで、もともと嫁入り道具として進学する女子大学でした。だから長居せずに3年間の契約期間だけ働いて、その間に在宅で稼げるようしておこうと考えていました。

ステップ4   資金が貯まる前に自分のメンタルが限界になり契約途中で退職

 地方の看護大学にはろくな人材が集まってないことを改めて体験して、「これ以上ここにいても、なんのメリットもない」と避難するために退職しました。そして二度と看護師をしない、看護師で働かないと決意を新たにしました。

 現代医療についていけない、労働基準法もリスクマネジメントも理解できない、ただ経験年数とコネクションしかない高齢者看護教員たちと一緒に働くのは、それはそれはリスキーなことでした。立派でまともな看護教員もいらっしゃいますが、大半は看護師として仕事するには難ありの人が、病院附属の看護学校に異動して看護教員になっていらっしゃいます。
病院附属の看護学校は別名「看護師の墓場」と呼んでいました。
 
 無意識で人が一番ダメージを受ける発言をする看護師独特の底意地の悪さは、この職場でも健在でした。気分の浮き沈みが激しく、出勤するなりどなり散らす上司はここでも健在。他にも「仕事はない」とウソをついて、ワタクシが働いてないように仕向けた還暦近い初老の看護教員など、なかなか香ばしい人材が揃っていました。

 「お金のため、フリーランスで独立する準備のため」と自分に言い聞かせて仕事をする毎日でした。ですがもう我慢の限界、退職する決心をしたのは、何度目かの「あなたは働いてない」という言葉。座っている人は仕事をしていないと判断し、人材は育成せず使い潰すものと考える 職場。
どこへ行っても同じ、これ以上看護界隈にいるとぶっ壊れると改めて実感したのです。 

「このまま出勤したらヤバイ」と経験上自分の中でアラームがなるので、無断欠勤を続けました。対面で話し合う勇気がない上司なので電話で退職を告げて、職場の後片付けをして退職手続きをしました。 これでキレイさっぱり看護とは縁が切れた、さあフリーランスで働くぞ、と清々しい気分で在宅ワークにのぞんだのです。

ステップ5  大失敗のフリーランスデビュー

 準備万端でフリーランスになり独立する必要はありません。しかし最低限のイメージを持つ・副業を始めておくなど、働きながらでもやることを考えて行動しておくべきでした。 詳しくは弊記事【フリーランス失敗談】やらかした4つの大失敗と仕事を辞める前にしておくべきこと。をご参照ください。

 3年間の契約期間にブログとnoteをある程度収益化して、フリーランスになる準備をするつもりでした。ですが、フリーランスになる計画を具体的に立てておらず、心の準備もスケジュール調整もしていません。もちろん大失敗のフリーランスデビューを飾りました。

 固定収入がなくなり、焦って冷静さを失う・焦った頭で探したクラウドソーシングの案件は報酬を安く買い叩かれる・クラウドソーシングの仕事をするより探す時間が長い・固定収入のためにアルバイトを始め「働くと疲れる」ことを忘れていたのでコンテンツを作る時間が取れない・アルバイトのシフトとクラウドソーシングの納期と資格を取るためのスケジュール調整ができない。

 見事に稼げない悪循環にはまってしまい、絵に描いたような大失敗をやらかしました。今思えば怪しげな情報商材をいくつか買っていてもおかしくない精神状態でした。(幸いなことに怪しげなものは買っておりません) 在職中にクラウドソーシングに登録したにもかかわらず、どんな仕事があるのか・自分のできる案件はあるかなど全く情報収集をしてなかったので、登録したての時に受けられるサービスなど、すべて見逃していました。

 案件で上がってくるのは、画像加工・プログラミングなど自分に足りないスキルの仕事ばかりです。在宅で稼ぐことにこだわりすぎたワタクシが持っているスキルはワードとエクセルだけなので、できる仕事はかなり絞られます。救いは看護師の仕事に戻らなかったことです。看護師で週3日働けば、最低限の収入は得られますが、ガチで看護師の仕事は疲れます。ついでに看護師の職務経歴書を見せれば、てんこ盛りに仕事を背負わされるのはわかっています。

 看護師の仕事をしていたら、頭とメンタルは疲れ果て、看護師以外の仕事でフリーランスになる決心はできなかったでしょう。「お金のため」と言い聞かせて、看護師の仕事に戻っていた可能性は大でした。  契約期間の途中でやめることを考えて、固定収入の確保・独立して働くスケジュールを立てておく・準備しておくべきことはたくさんありました。

 ですがワタクシはぼんやりと「フリーランスになって独立する」と、契約期間に考えてなかったのも大失敗のひとつです。 「フリーランスになる」と誰でも言えますが実際にそれで生計を立てていけるか考えて行動しないのは、「大きくなったら宇宙飛行士になる」と勉強もせずに遊んでいる小学生と同じです。

ステップ6   現在のワタクシ

 アルバイト・資格の勉強・ブログとnoteの更新・クラウドソーシング、今やっとこの4つのスケジュール調整をして生活できるようになりました。 2017年9月に自称フリーランスとなり、2019年4月に開業届を提出して個人事業主になりました。

 自分の計画のまずさから勝手に焦りまくってジタバタした時期も落ち着き、スーパーマーケットの商品陳列のアルバイトで固定収入を確保しました。アルバイトの時給に逃げないように出勤日数を調節して、自宅でブログとnoteの記事を作る時間を確保しています。クラウドソーシングも続けてますが、条件をよく聞いて仕事を選んでおります。

「メンバーを8分の1に絞り、たまにしかメンバーの募集をしない。しかもごく少人数の枠しか募集しない」伝説の資産メディア構築実践会で、ブログの大改造をしてもらいました。日記ブログから脱却して、自分のターゲット(今の収入で老後資金が貯められるか心配な・親の介護中あるいは介護する予定の・ひとり暮らしを続けたい・病気になったら、積極的な治療はせずに死にたい・他人とゆるいつながりを持ちたい・月収15〜20万円くらいの40代以上の独身女性)に向けたブログになりました。

 ワタクシはブログ一本で稼ぐのは無理なので、パラレルワークとソーシャルレンディングの資産運用で収入源を複数にしています。今登録しているのがタイムチケットという30分の時間を切り売りするサービスです。ここで簡単な介護相談・健康相談・禁煙サポートのサービスを始めるために準備中です。

 メルカリ・ラクマをフル活用して収入源にしています。 身体の負担を少なくする動き方の勉強は続けており、うまくいけば2年後にトレーナーの資格認定がおりてレッスンが始められます。 10人限定条件付きのおひとりさまオンラインサロン計画は、mixi時代のマイミクから紹介してもらったLINEグループで勉強中です。

 目標の毎月30万円はまだまだ遠いですが、今は在宅で毎月大体500円くらい稼げるようになりました。 

まとめーこれからのワタクシ

 自分がフリーランスになった理由を改めて考えると、「嫌なことはこれ以上何もしたくない」です。楽しくハッピーなおひとりさま高齢者ライフを送るためには、収入は必要ですが嫌なことで稼ぎたくないのです。  

 しがみついてまで働きたい場所がないワタクシ、働く場所は自分で作って年金などに依存しないために稼いでいきたい気持ちは変わりません。 「嫌な人と顔を合わせたくない」も、フリーランスという働き方を選んだ理由です。商品陳列というアルバイトを選んだのも、できるだけ他人様と顔を合わせたくないから。

 残り少ない人生を、ご機嫌に過ごしたいのです。 目標の「在宅で月収30万円」はまだまだですが、目標達成のために地道に精進していきます。


やすじろうって何してきた人? IMG_0978
高齢者おひとりさま生活をハックする、 
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