オンナオンフィフおひとりさま道

ーオンナおひとりさまの高齢者ライフを攻略するブログー

介護について

高い音が聞こえない難聴(加齢性難聴)が始まった老親と暮らして気づいたこと4つ。

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 老親と同居4年目を迎えた@やすじろうです。 おかげさまでわが家族、大きな病気も事故もなく平凡な日々を過ごしております。 ただ老親の老化は止まることを知りません。

 一番に気づいたのは耳が遠くなったこと、加齢性難聴が始まったことでした。 高い音が主に聴こえにくくなるのが年寄りの難聴の特徴です。 そんな老親と生活して気づいたことを書きますね。

1.加齢性難聴はいつの間にか始まっている

 離れて年に一度の里帰りでしか会わなかった頃に、もう耳は遠くなっていたと思います。特に老父は話す声が大きいのです。話し声が大きいのは、耳が聞こえにくくなった人に多いです。 自分の話す声のボリュームが分からないから、ついつい大きな声で話すのです。

 同居が始まってから、テレビのボリュームが大きいことで老母の難聴が始まったと気づきました。そして老父老母この2人が話すとき、えらいこと声が大きいのです。 自覚をしていたのでしょうが聞こえにくくなったそぶりは、ワタクシには見せなかったです。

2.高い音が聞こえていない

 冷蔵庫の開けっ放しのアラーム・オーブントースターや電子レンジの「チン」、この高い音が全く聞こえていません。アラームや「チン」に全く反応しない老親です。だからオーブントースターや電子レンジの中に、よく温めたいものが冷めて残っています。  

 お風呂についている呼び出し音にも反応しません。最近のお風呂は入浴中に何かあったとき用に、呼び出しボタンがついています。ワタクシが時々間違えて押すのですが、全く反応しません。以前は風呂場に何かあったのか来ていたのですが。  

 特に冷蔵庫のアラームは全く気づいていません。料理をしていてすぐそばにある冷蔵庫が「ピーピー」と鳴っているのに、振り向きもしません。「忘れてた」と言いますが、確実に聞こえていません。

3.ワタクシの声が聞こえていない

 ここ最近呼んでも返事がありません。何度か呼ばないと、返事がないのです。おそらくワタクシの声が聞き取りにくくなっているのでしょう、話すときはすぐそばにきます。
 部屋を挟んで・お風呂からでは全く聞こえていないようです。

4.生活音に気を使わなくていい

 老親の耳が遠くなって、悪いことばかりではありません。ワタクシの生活音が聞こえてないのは幸いです。ワタクシの生活は昼からが活動開始、夜中までお茶を入れる・テレビを見る・ネットで遊ぶなどゴソゴソしてるから、何かしら音を出しています。  

 ですがうるさいと言われたことはなく、夜中はよく眠っています。夜だけじゃなく昼間も同じ。掃除機の音も聞こえないようです。

まとめー補聴器は老親が必要と思ったら準備する

 耳が遠いけど、お互い生活に困ることは今のところはありません。(ワタクシがイラつくだけです)耳が遠くなったらすぐ補聴器、と思いがちですが本人が望むか病院で言われない限りはこのままでいいと思っています。
 補聴器も性能が良くなったとはいえ、つけることがストレスになることもありますからね。

 シニアマダムが大声で話しているのは、きっとお互いの声が聞こえないからだろうと思って今日もバスに乗っています。

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壮年期に引きこもりになった老父の話をしてみる。

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 ワタクシの老父は、双極性障害です。 うつ病と診断されたのですが、もしかしたら最初から双極性障害だったのかもしれません。 何の知識もなかった頃はもちろん、看護師になっても老父のことが許せなかった時期が長く続きました。
 受け入れていませんが、老父と折り合いをつけながら日々暮らしております。

1.うつの発症

 ワタクシが7歳、小学一年生の時に父はうつを発症した。子どもだから原因だどわかるわけないし、父の変化がわかったわけでもない。突然家からいなくなり、母とモラハラ兄と3人暮らしが2ヶ月くらい続いた気がする。

 父は家からいなくなったのではなく、入院したのだ。 退院してから自宅療養になったが、とにかくじっとしている父の姿しか記憶がない。 うつを発症してから、話している姿を見たことがない。自分がどのように父と接していたかも覚えていない。

 覚えているのは母がテレビを消していたこと。ネガティブな内容の自虐的なバラエティはすぐチャンネルを変えるかテレビのスイッチを切っていた。母が「こういうのはダメって先生に言われた」とよく言っていたのも覚えている。

2.うつからの引きこもり

 父の仕事は大工。景気に左右されるけど、手に職系の仕事なので、まあ食いっぱぐれることはない。仕事は休職したのか退職したのかわからない。時期は覚えてないが働きはじめたけど、長続きしなかったのはよく覚えている。朝母と何か話して、1日家にいる日が続くことがあった。
  働く日と休む日が半々の生活が続いたある日、引っ越すことが決まった。 新興住宅地にある団地だが、まだインフラが整ってなかった。買い物や交通機関が不便な時期があった。引っ越してから父は、少しずつ家にいることが多くなった。

 何をするわけでもない、横になってラジオを聴いているだけだ。お酒をよく飲んでいた時もあった。 知り合いに一方的に電話をして、延々愚痴を話していたのはよく覚えている。愚痴を話せば、また横になって誰とも話さない。この時、父はコミュニケーションをとることや順序立てて考えることができなくなったと思う。自分の言いたいことを一方的に話して、相手の説明を全く聞かない。すべて「わからない」で通していた。 その前に電話で話すだけで、対面で他人と接することはほとんどなかった。

 父が笑って笑顔になったことは全く覚えていない。暗い表情で、時々思い出したようにテーブルや畳を叩いていた。家族に暴力を振るうことはなかったけど、見ていてやり場のない腹立たしさを持っているのはよくわかった。 こんな家族から早く抜け出したかったから、ワタクシはどんな手を使ってでも家を出たかった。看護師になろうと決意したのは、家をでて働きながら学べるのも理由のひとつだった。

3.うつと引きこもりからの脱出

 ワタクシが家を出た後も、父は引きこもっていた。働く時もあったが圧倒的に誰とも接することなく家にいた。 ある日、母から「家を買って引っ越した」と手紙がきた。手紙には今まで見たこともない笑顔の父と孫の写真が入っていた。引っ越した実家に帰ると、父親は笑顔でよく話し近所付き合いをしていた。

 引っ越したので地域が変わったのに、自治会の子どもの見守りやグラウンドゴルフに参加するなど、今まで引きこもっていたのがウソのようだった。 仕事もう引退していたが、時々頼まれて現場に行くことはあった。 何がきっかけになるかわからないけど、暗くて電話で愚痴ばかりこぼす父が変わったのは嬉しかった。

4.躁状態出現

 もしかしたら、もっと前から躁状態になっていたと思う。ワタクシがクラッシュして実家で老親と同居を始めてまもない頃、よく喋り・よく動き回る時期があった。朝5時に起きて庭いじりをして、普段全くしない掃除をして、とにかく動き回っていた。母のそばで延々とじゃがいもの植え方の話をしていた。 落ち着きがなさすぎる。母は精神病の知識が全くないので、無視をしていた。

 「お父さん、おかしいから病院に行って」とワタクシは父に躁状態のことを話した。否定していたが、母親と一緒に通院している精神科外来を受診した。かかりつけ医は「躁状態です。うつと躁を繰り返すけど、年齢を考えると薬の治療は難しい」と言われたそうだ。 老父の年齢では、薬が効かずに副作用しか出ない可能性がある。それならうるさいけどそう状態が治るのを待つしかない。幸いなことに浪費や人間関係のトラブルを起こすことはない。

 躁状態は決して幸せな万能感にあふれている人ばかりでない。かつての上司のように、考えがまとまらず、他人の欠点を責め立てて激昂するような、あとで取り返しのつかないしくじりをやらかす人もいるのは確かだ。双極性障害の自己管理が全くできない人のなりゆきは、過去記事をご参照くださいませ。

まとめ − 現在の様子

 社会と関わらず、他人と接することをせず、母に全て任せきりだった老父は、見事に自分で判断することができない人間になりました。何かトラブルやイベントがあれば、それで頭がいっぱいになり落ち着かずそのことにこだわり続けます。 これは年齢による変化ではなく、社会資源がうまく使えてなかったのが原因です。

 でも仕方がないですね、今のような社会資源(家族会や当事者会など)ない時代でしたから。 それでもご近所付き合いをして躁状態に時々なりながら、ぼちぼちと暮らしている老父はまあまあいい生活をしていると思っています。
 年齢なりの体調の悪さはありますが、まあ安らかにあの世に行って欲しいと願う毎日です。

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介護に家族を持ち出すしんどさー情熱大陸上野千鶴子。

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 上野千鶴子さんが密着番組に出演なさるなんて。令和元年6月30日の情熱大陸に出演なさるなんて。 かなり番組制作者は上野千鶴子さんと交渉を重ねたんでしょう。上野千鶴子さんが相当注文をつけたに違いない。だから件の東大入学式の祝辞に触れる他はほとんど生活にはガードをかけた印象を持ちました。

 そして上野千鶴子さんの今の研究テーマのひとつ「おひとりさまと介護」について、少し触れていました。フィールドワークで訪問診療についていく上野千鶴子さん。 その中で「家族のように面倒を見る」という表現に、「なぜ家族のようにという言い方なのか、悲しく感じる」と上野千鶴子さんは意見していました。

 ワタクシは悲しく感じるどころか、「まだ家族に負担をかけるのか」と保健医療福祉に「家族」というワードが出てくると腹立たしいのです。
 ワタクシは、保健医療福祉の資源を家族に求めてはならない、と考える派です。

1.なぜ家族でなければならないのか?

 「『家族』というのが嫌なんだ。すごく抵抗がある。」 
 「いいことやってる人ほど『家族のような』形容詞が多いのよね」

 「家族bestなら、家族以外のものが家族のようなことをするのは
  代用品でしょ。
代用品って二流品じゃないですか。
  自分たちのやってることを『二流品』だって
お考えになる
  必要なんて何もないじゃない。」

 「家族is the best」

 上野千鶴子さん、随分柔らかくおっしゃってますが、ワタクシには「介護になぜ家族を持ち出すのか。家族よりもプロフェッショナルの仕事がいいに決まってる」と聞こえました。    今までは、病や障がいを持ち老いた人をケアするのは、家族が中心でした。理由は簡単、資源や制度がなかったから。ヨメやコドモが老いた親や連れ合いのケアをしていたのです。

 ヨメやコドモの負担はたまったもんじゃないから「老人病院」という、医療バブルを象徴する施設があちこちにありました。 高齢者医療で財政が怪しくなってから、「家族と過ごす」と行政は方向転換しました。家族に介護の負担をさせれば、費用はかかりませんからね。   「家族ようにケアする」という例えは、ただ行政のキャッチフレーズを刷り込まれているだけです。医師・看護師・介護福祉士・ヘルパーなど、家族でなくてもプロフェッショナルがケアすればいいのです。

2.家族関係がうまくいっているとは限らない

 昔はDVも虐待も認知してなかったから、家族の仲が悪くても病や障がいを持ったなら家族がケアしていました。精神衛生上いいわけないし、虐待という名の暴力もあったでしょう。  DV・虐待までいかなくても、仲の悪い家族はあるでしょう。いざ面倒を見る・見られる立場になった時、絶対「なんで面倒見なきゃいけないのよ」「この人の世話になるなんて絶対イヤ」という気持ちはお互いに湧いてくるはずです。

 そんな家族でも、「家族にケアしてもらった方が幸せ」と言えるでしょうか。 ワタクシの家族、仲は悪いです。実兄とは絶縁していますし、子どもの頃から仲が悪い両親です。正直「親に感謝する」という気持ちがワタクシにはわかりません。

 それでも年老いた両親と同居して最期まで看取るのは、実験です。いかに医療費をかけずに両親を見送れるか、介護保険の活用方法など、自分が体験して知りたいだけなのです。そして自分のこの世の去り方の練習をする。老親とワタクシにとって、仲が悪かろうとどうだろうと、WIN-WINな関係です。  

 仲が悪い家族のケアをするほど負担なことはありません。せっかく介護保険という制度があるなら、これはフル活用して自分の人生を生きましょう。

3.社会保障制度は家族を資源にしてはいけない

 「なんで介護のためにワタクシの生活を変えなければならんの?」難しいことを抜きにした、ワタクシの考えです。家族の介護のために、自分の仕事ややりたいことに制限かかる。家族の介護で働けなくなると、自分の収入がなくなる。  

 行政は人件費等々を節約できるけど、その分ノーリターンの家族の懐は厳しくなるばかりです。いくら介護を受ける人が財産を持っていても、です。  家族間の介護が増えると、当然労働力は減ります。ただでさえ人手不足なのに、介護で仕事ができなけりゃ、生産力が落ちるのは目に見えてます。世の中のしくみを視点にして家族が介護することを見ると、労働力不足と生産力低下がわかります。

 それより個人的なこと。家族の介護はしんどい。これに尽きます。頼れるなら、制度に任せたい。自分の人生を生きたい。それなのに介護でやりたいことができない・自分の人生を生きられない。これはやりきれないでしょう。

まとめー家族間の介護は絶対に行き詰まる

「家族のようにケアする」って、どこか嘘くさい。仲のいい家族ばかりじゃないし、できれば介護保険で全部ケアしてほしい。介護付き有料老人ホームやサービス付き高齢者住宅がウケるわけがありません。  
 家族がいなくても、おひとりさまでも制度を利用しながら最期を迎えられる。寂しいなんて大きなお世話。家族にこだわっていては、まともな介護制度は作れません。

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家族に頼らなくても暮らせる資源はありますよ。




 
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「もう少し」の我慢ができず、 オンフィフで退職、      フリーランスになりました。 資産は同世代の平均以下、  原因は転職&好きなことの  やりすぎです。        保障制度に依存しない     経済力を持つため、     おひとりさまの       高齢者生活ハックを学習中。 
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