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ーオンナおひとりさまの高齢者ライフを攻略するブログー

親の介護

老母がんの標準医療を受けるーワタクシが安心した3つの行動。

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 保健医療の仕事をちょっとやってみようかな、とぼんやり考えている
@やすじろうです。
 弊老母、食道がんになりました。 検診で見つかり検査してもらったところ、早期がんで今のところ転移はありません。 内視鏡で取れるくらいの小さいがんです。

 何もなければ1週間で退院できるとのことで、まあ医学の進歩は素晴らしいですね。 今は入院待ちですが、症状はないので普段どおりの生活を送っております。

 早期がんで治療に負担がかからないことより、身内として安心したことを3つあげますね。

1.トンデモ医療・アロマ・スピリチュアル系の人が周りにいない

 ワタクシの親戚や老母とおつきあいがある人は、電磁波や周波数治療など怪しいことを言う人はひとりもいません。だから食道がんと診断されても怪しげなアロマや治療院を紹介する人がいなかったのは、本当によかったです。

 怪しい健康法を特集する情報番組が大好きな老母、ジム友だちと話題にする程度で丸ごと信じてないことがわかりました。「身体にいい食べ物」の話は大好きですが、スーパーマーケットで手頃な値段で買える食材しか興味を示しません。
 この程度なら、趣味として見守っておけばいいだけの話です。

2.民間療法に興味を示さない

 「がんが小さくなった」「がんが治った」というタイトルの本に、老母全く興味を示していません。 入院するための準備に夢中で、普段通りの生活をしております。(注意されたのは風邪をひかないように、くらいなので) 「何が悪くてがんになったのか」とも言いません。フコダインを取り寄せようともしません。

 膝が痛いからグルコサミンを飲みたい・皇潤を飲みたい、という老母に、「飲み薬が関節まで届くわけがない」と日頃からワタクシは言っていました。老母は「この娘に話しても絶対わかってくれない」と思ったのでしょう。「がんが治る」というふれ込みの食品に、今のところは全く興味を示していません。

         こういうまがまがしい本に全く興味を示しておりません。

名称未設定

3.検査・診察を拒否しない

 細胞の検査でがんとわかってから、治療のための診察や検査が必要です。老母全くイヤがらず(本当はイヤだったと思います)、診察検査を受けました。泣き言を言われるかと覚悟をしていましたが、文句ひとつ言わなかったです。

 日頃ワタクシが体調に関して、よほどのことじゃない限り冷たくあしらっているので騒いでも無駄だと老母は思っているのでしょう。

まとめートンデモ医療やスピリチュアル系の方が病気の進行よりも恐ろしい

 がんが進行するよりトンデモ医療に興味を示される方が、病気を悪化させるのは確実です。  入院の日が決まり今は自宅待機していますが、もし周りがトンデモ医療支持の人間だったらどうなっていただろうと怖くなります。

 早期で内視鏡で取れる大きさのがんなのに、手がつけられない状態までこじらせるのは簡単に想像できます。おまけに高額な費用をむしり取られて。

 知り合いが電磁波や化学物質を嫌がるトンデモ医療支持者なので、その人には何ひとつ相談していません。「わたしのかかりつけの先生紹介するから!」と乗り込んでくるのは確実なので、絶対に相談どころか話もしません。
 今のところはトンデモ医療に興味を示していませんが、まだ安心できません。

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必ずその日はやってくるー人生会議で自分/親の最期を話し合う。

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 家族でインフルエンザの予防接種をすませた@やすじろうです。
 SNSで流れてきた人生会議(Advance Care Planning/アドバンス・ケア・プランニング)、めっちゃ炎上してましたね。 ワタクシはなぜ炎上するのかがわからなかった。



 抗議した団体は「当事者や患者の心情を配慮してない」を理由にされてますが、そこはわかります。「話しておけばよかった」と後悔なさってる方がいらっしゃると。 だけど、親も自分も最期を迎えるその日は必ずきます。
 傷ついたとか配慮してないとか言っても、避けて通れません。

 では我が家で早々にすませた「人生会議」、どう進めたかをお知らせしますね。

1.老母がいきなり切り出してきた

 まだ老親と別居してた頃、帰省の際に老母がいきなり切り出してきました。老母は腰を痛くして、「手術して痛みが取れると言い切れない。だから無理に手術をしなくても。」とお医者さんに言われたそうです。

 そこから「もしなんかあったときは、無理に命を延ばすことはしなくていい。施設に入ってもいい。大きいスプーンで無理やりご飯口に突っ込まれるんでしょ…(これは違うよ)」と自分で話し始めました。 腰の痛みとその治療は、命に関わることではありません。

 医療知識が乏しい老母なりに、初めて自分に何かあった時のことを考えたのでしょう。ワタクシは「うんうん」と聞きつつ、「やっとこの話ができるようになったか」と喜んだのです。  「痛いのや苦しいのは嫌だ。でも無理に生かされる治療はしないで」と、老父も同様の考えでした。

2.いざその時どうするか、話す機会が増えた

 老母の「もしもの時は何もして欲しくない」発言から、帰省して老親が健康状態を話すようになりました。老父は痛風をやらかして、禁酒したこと。老母はスポーツジムで高齢者向けの運動をして腰痛がマシになってきたこと。今飲んでいる薬のことなど。  

 老親は自分たちの健康状態を隠していたと感じました。どこに相談していいのかわからない、子どもには負担をかけたくないと、悩んでいたようでした。
 ですがワタクシが心身クラッシュして実家で同居することになり、ワタクシも老親の面倒は最後まで見ると言い切ったので、なんとなく安心したようです。
 (おひとりさまが社会資源を最小限にして、老親の介護をするかの実験とは言わずに。)

 「脳出血や心臓の病気で倒れた時は治療しない」「チューブの栄養はしない」「自宅で息してなかったら救急車を呼ばない」と老親と決めました。

3.ワタクシ自身はどうするか

 老親が健在でもワタクシが先にあの世に行く可能性はあります。
 その時は「何もしないであの世にいかせてください」の一択です。ですが、それを老親に伝えてないのです。

 どうしても老親が先にあの世に行くと思い込んでいるので、切り出す時期がわからない。さらにワタクシがこの世からいなくなる話をすることで、老親が動揺するのがめちゃめちゃイヤなのです。  
 非公式ですが遺書は書いてあるので、時期を見て話しておくべきことです。

まとめーまずは病気になった時のことから話し合おう

 ワタクシの本職は看護師です。だから「もしもの時」「その日がきたら」の話を進めやすかったのでしょう。老親はワタクシに健康診断の結果や病気になった時に施設にするか在宅にするかをよく聞いてきましたから。

 ですが医療従事者じゃない場合、いきなり生死の話をするのはキツイですよね。 そんな時に流れてきたツイートです。

 いきなりあの世へ行く話でなく、病気になった時してほしいこと・してほしくないことを家族に伝えておく。
えばパジャマか浴衣か・入院中の暇つぶしは何がいいか(読書、テレビなど)・お見舞いはいつどれくらいの回数がいいか、など。 
 ふんわりと「もし病気になって寝ついた時のこと」を話し合っておけば、お互いの知らなかったことや聞きたいことがわかると思います。

 パンチが強かった「人生会議」のポスターですが、ふんわりやんわり両親家族と話し合ってみてはいかがでしょうか。

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施設の話・お葬式の話もゆるくふんわりと始めてみてはいかがでしょう。



 
 

壮年期に引きこもりになった老父の話をしてみる。

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 ワタクシの老父は、双極性障害です。 うつ病と診断されたのですが、もしかしたら最初から双極性障害だったのかもしれません。 何の知識もなかった頃はもちろん、看護師になっても老父のことが許せなかった時期が長く続きました。
 受け入れていませんが、老父と折り合いをつけながら日々暮らしております。

1.うつの発症

 ワタクシが7歳、小学一年生の時に父はうつを発症した。子どもだから原因だどわかるわけないし、父の変化がわかったわけでもない。突然家からいなくなり、母とモラハラ兄と3人暮らしが2ヶ月くらい続いた気がする。

 父は家からいなくなったのではなく、入院したのだ。 退院してから自宅療養になったが、とにかくじっとしている父の姿しか記憶がない。 うつを発症してから、話している姿を見たことがない。自分がどのように父と接していたかも覚えていない。

 覚えているのは母がテレビを消していたこと。ネガティブな内容の自虐的なバラエティはすぐチャンネルを変えるかテレビのスイッチを切っていた。母が「こういうのはダメって先生に言われた」とよく言っていたのも覚えている。

2.うつからの引きこもり

 父の仕事は大工。景気に左右されるけど、手に職系の仕事なので、まあ食いっぱぐれることはない。仕事は休職したのか退職したのかわからない。時期は覚えてないが働きはじめたけど、長続きしなかったのはよく覚えている。朝母と何か話して、1日家にいる日が続くことがあった。
  働く日と休む日が半々の生活が続いたある日、引っ越すことが決まった。 新興住宅地にある団地だが、まだインフラが整ってなかった。買い物や交通機関が不便な時期があった。引っ越してから父は、少しずつ家にいることが多くなった。

 何をするわけでもない、横になってラジオを聴いているだけだ。お酒をよく飲んでいた時もあった。 知り合いに一方的に電話をして、延々愚痴を話していたのはよく覚えている。愚痴を話せば、また横になって誰とも話さない。この時、父はコミュニケーションをとることや順序立てて考えることができなくなったと思う。自分の言いたいことを一方的に話して、相手の説明を全く聞かない。すべて「わからない」で通していた。 その前に電話で話すだけで、対面で他人と接することはほとんどなかった。

 父が笑って笑顔になったことは全く覚えていない。暗い表情で、時々思い出したようにテーブルや畳を叩いていた。家族に暴力を振るうことはなかったけど、見ていてやり場のない腹立たしさを持っているのはよくわかった。 こんな家族から早く抜け出したかったから、ワタクシはどんな手を使ってでも家を出たかった。看護師になろうと決意したのは、家をでて働きながら学べるのも理由のひとつだった。

3.うつと引きこもりからの脱出

 ワタクシが家を出た後も、父は引きこもっていた。働く時もあったが圧倒的に誰とも接することなく家にいた。 ある日、母から「家を買って引っ越した」と手紙がきた。手紙には今まで見たこともない笑顔の父と孫の写真が入っていた。引っ越した実家に帰ると、父親は笑顔でよく話し近所付き合いをしていた。

 引っ越したので地域が変わったのに、自治会の子どもの見守りやグラウンドゴルフに参加するなど、今まで引きこもっていたのがウソのようだった。 仕事もう引退していたが、時々頼まれて現場に行くことはあった。 何がきっかけになるかわからないけど、暗くて電話で愚痴ばかりこぼす父が変わったのは嬉しかった。

4.躁状態出現

 もしかしたら、もっと前から躁状態になっていたと思う。ワタクシがクラッシュして実家で老親と同居を始めてまもない頃、よく喋り・よく動き回る時期があった。朝5時に起きて庭いじりをして、普段全くしない掃除をして、とにかく動き回っていた。母のそばで延々とじゃがいもの植え方の話をしていた。 落ち着きがなさすぎる。母は精神病の知識が全くないので、無視をしていた。

 「お父さん、おかしいから病院に行って」とワタクシは父に躁状態のことを話した。否定していたが、母親と一緒に通院している精神科外来を受診した。かかりつけ医は「躁状態です。うつと躁を繰り返すけど、年齢を考えると薬の治療は難しい」と言われたそうだ。 老父の年齢では、薬が効かずに副作用しか出ない可能性がある。それならうるさいけどそう状態が治るのを待つしかない。幸いなことに浪費や人間関係のトラブルを起こすことはない。

 躁状態は決して幸せな万能感にあふれている人ばかりでない。かつての上司のように、考えがまとまらず、他人の欠点を責め立てて激昂するような、あとで取り返しのつかないしくじりをやらかす人もいるのは確かだ。双極性障害の自己管理が全くできない人のなりゆきは、過去記事をご参照くださいませ。

まとめ − 現在の様子

 社会と関わらず、他人と接することをせず、母に全て任せきりだった老父は、見事に自分で判断することができない人間になりました。何かトラブルやイベントがあれば、それで頭がいっぱいになり落ち着かずそのことにこだわり続けます。 これは年齢による変化ではなく、社会資源がうまく使えてなかったのが原因です。

 でも仕方がないですね、今のような社会資源(家族会や当事者会など)ない時代でしたから。 それでもご近所付き合いをして躁状態に時々なりながら、ぼちぼちと暮らしている老父はまあまあいい生活をしていると思っています。
 年齢なりの体調の悪さはありますが、まあ安らかにあの世に行って欲しいと願う毎日です。

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「もう少し」の我慢ができず、 オンフィフで退職、      フリーランスになりました。 資産は同世代の平均以下、  原因は転職&好きなことの  やりすぎです。        保障制度に依存しない     経済力を持つため、     おひとりさまの       高齢者生活ハックを学習中。 
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