オンナオンフィフおひとりさま道

ーオンナおひとりさまの高齢者ライフを攻略するブログー

親の介護

必ずその日はやってくるー自分/親の最期を話し合う。

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 家族でインフルエンザの予防接種をすませた@やすじろうです。
 SNSで流れてきた人生会議(Advance Care Planning/アドバンス・ケア・プランニング)、めっちゃ炎上してましたね。 ワタクシはなぜ炎上するのかがわからなかった。



 抗議した団体は「当事者や患者の心情を配慮してない」を理由にされてますが、そこはわかります。「話しておけばよかった」と後悔なさってる方がいらっしゃると。 だけど、親も自分も最期を迎えるその日は必ずきます。
 傷ついたとか配慮してないとか言っても、避けて通れません。

 では我が家で早々にすませた「人生会議」、どう進めたかをお知らせしますね。

1.老母がいきなり切り出してきた

 まだ老親と別居してた頃、帰省の際に老母がいきなり切り出してきました。老母は腰を痛くして、「手術して痛みが取れると言い切れない。だから無理に手術をしなくても。」とお医者さんに言われたそうです。

 そこから「もしなんかあったときは、無理に命を延ばすことはしなくていい。施設に入ってもいい。大きいスプーンで無理やりご飯口に突っ込まれるんでしょ…(これは違うよ)」と自分で話し始めました。 腰の痛みとその治療は、命に関わることではありません。

 医療知識が乏しい老母なりに、初めて自分に何かあった時のことを考えたのでしょう。ワタクシは「うんうん」と聞きつつ、「やっとこの話ができるようになったか」と喜んだのです。  「痛いのや苦しいのは嫌だ。でも無理に生かされる治療はしないで」と、老父も同様の考えでした。

2.いざその時どうするか、話す機会が増えた

 老母の「もしもの時は何もして欲しくない」発言から、帰省して老親が健康状態を話すようになりました。老父は痛風をやらかして、禁酒したこと。老母はスポーツジムで高齢者向けの運動をして腰痛がマシになってきたこと。今飲んでいる薬のことなど。  

 老親は自分たちの健康状態を隠していたと感じました。どこに相談していいのかわからない、子どもには負担をかけたくないと、悩んでいたようでした。
 ですがワタクシが心身クラッシュして実家で同居することになり、ワタクシも老親の面倒は最後まで見ると言い切ったので、なんとなく安心したようです。
 (おひとりさまが社会資源を最小限にして、老親の介護をするかの実験とは言わずに。)

 「脳出血や心臓の病気で倒れた時は治療しない」「チューブの栄養はしない」「自宅で息してなかったら救急車を呼ばない」と老親と決めました。

3.ワタクシ自身はどうするか

 老親が健在でもワタクシが先にあの世に行く可能性はあります。
 その時は「何もしないであの世にいかせてください」の一択です。ですが、それを老親に伝えてないのです。

 どうしても老親が先にあの世に行くと思い込んでいるので、切り出す時期がわからない。さらにワタクシがこの世からいなくなる話をすることで、老親が動揺するのがめちゃめちゃイヤなのです。  
 非公式ですが遺書は書いてあるので、時期を見て話しておくべきことです。

まとめーまずは病気になった時のことから話し合おう

 ワタクシの本職は看護師です。だから「もしもの時」「その日がきたら」の話を進めやすかったのでしょう。老親はワタクシに健康診断の結果や病気になった時に施設にするか在宅にするかをよく聞いてきましたから。

 ですが医療従事者じゃない場合、いきなり生死の話をするのはキツイですよね。 そんな時に流れてきたツイートです。

 いきなりあの世へ行く話でなく、病気になった時してほしいこと・してほしくないことを家族に伝えておく。
えばパジャマか浴衣か・入院中の暇つぶしは何がいいか(読書、テレビなど)・お見舞いはいつどれくらいの回数がいいか、など。 
 ふんわりと「もし病気になって寝ついた時のこと」を話し合っておけば、お互いの知らなかったことや聞きたいことがわかると思います。

 パンチが強かった「人生会議」のポスターですが、ふんわりやんわり両親家族と話し合ってみてはいかがでしょうか。

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施設の話・お葬式の話もゆるくふんわりと始めてみてはいかがでしょう。



 
 

壮年期に引きこもりになった老父の話をしてみる。

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 ワタクシの老父は、双極性障害です。 うつ病と診断されたのですが、もしかしたら最初から双極性障害だったのかもしれません。 何の知識もなかった頃はもちろん、看護師になっても老父のことが許せなかった時期が長く続きました。
 受け入れていませんが、老父と折り合いをつけながら日々暮らしております。

1.うつの発症

 ワタクシが7歳、小学一年生の時に父はうつを発症した。子どもだから原因だどわかるわけないし、父の変化がわかったわけでもない。突然家からいなくなり、母とモラハラ兄と3人暮らしが2ヶ月くらい続いた気がする。

 父は家からいなくなったのではなく、入院したのだ。 退院してから自宅療養になったが、とにかくじっとしている父の姿しか記憶がない。 うつを発症してから、話している姿を見たことがない。自分がどのように父と接していたかも覚えていない。

 覚えているのは母がテレビを消していたこと。ネガティブな内容の自虐的なバラエティはすぐチャンネルを変えるかテレビのスイッチを切っていた。母が「こういうのはダメって先生に言われた」とよく言っていたのも覚えている。

2.うつからの引きこもり

 父の仕事は大工。景気に左右されるけど、手に職系の仕事なので、まあ食いっぱぐれることはない。仕事は休職したのか退職したのかわからない。時期は覚えてないが働きはじめたけど、長続きしなかったのはよく覚えている。朝母と何か話して、1日家にいる日が続くことがあった。
  働く日と休む日が半々の生活が続いたある日、引っ越すことが決まった。 新興住宅地にある団地だが、まだインフラが整ってなかった。買い物や交通機関が不便な時期があった。引っ越してから父は、少しずつ家にいることが多くなった。

 何をするわけでもない、横になってラジオを聴いているだけだ。お酒をよく飲んでいた時もあった。 知り合いに一方的に電話をして、延々愚痴を話していたのはよく覚えている。愚痴を話せば、また横になって誰とも話さない。この時、父はコミュニケーションをとることや順序立てて考えることができなくなったと思う。自分の言いたいことを一方的に話して、相手の説明を全く聞かない。すべて「わからない」で通していた。 その前に電話で話すだけで、対面で他人と接することはほとんどなかった。

 父が笑って笑顔になったことは全く覚えていない。暗い表情で、時々思い出したようにテーブルや畳を叩いていた。家族に暴力を振るうことはなかったけど、見ていてやり場のない腹立たしさを持っているのはよくわかった。 こんな家族から早く抜け出したかったから、ワタクシはどんな手を使ってでも家を出たかった。看護師になろうと決意したのは、家をでて働きながら学べるのも理由のひとつだった。

3.うつと引きこもりからの脱出

 ワタクシが家を出た後も、父は引きこもっていた。働く時もあったが圧倒的に誰とも接することなく家にいた。 ある日、母から「家を買って引っ越した」と手紙がきた。手紙には今まで見たこともない笑顔の父と孫の写真が入っていた。引っ越した実家に帰ると、父親は笑顔でよく話し近所付き合いをしていた。

 引っ越したので地域が変わったのに、自治会の子どもの見守りやグラウンドゴルフに参加するなど、今まで引きこもっていたのがウソのようだった。 仕事もう引退していたが、時々頼まれて現場に行くことはあった。 何がきっかけになるかわからないけど、暗くて電話で愚痴ばかりこぼす父が変わったのは嬉しかった。

4.躁状態出現

 もしかしたら、もっと前から躁状態になっていたと思う。ワタクシがクラッシュして実家で老親と同居を始めてまもない頃、よく喋り・よく動き回る時期があった。朝5時に起きて庭いじりをして、普段全くしない掃除をして、とにかく動き回っていた。母のそばで延々とじゃがいもの植え方の話をしていた。 落ち着きがなさすぎる。母は精神病の知識が全くないので、無視をしていた。

 「お父さん、おかしいから病院に行って」とワタクシは父に躁状態のことを話した。否定していたが、母親と一緒に通院している精神科外来を受診した。かかりつけ医は「躁状態です。うつと躁を繰り返すけど、年齢を考えると薬の治療は難しい」と言われたそうだ。 老父の年齢では、薬が効かずに副作用しか出ない可能性がある。それならうるさいけどそう状態が治るのを待つしかない。幸いなことに浪費や人間関係のトラブルを起こすことはない。

 躁状態は決して幸せな万能感にあふれている人ばかりでない。かつての上司のように、考えがまとまらず、他人の欠点を責め立てて激昂するような、あとで取り返しのつかないしくじりをやらかす人もいるのは確かだ。双極性障害の自己管理が全くできない人のなりゆきは、過去記事をご参照くださいませ。

まとめ − 現在の様子

 社会と関わらず、他人と接することをせず、母に全て任せきりだった老父は、見事に自分で判断することができない人間になりました。何かトラブルやイベントがあれば、それで頭がいっぱいになり落ち着かずそのことにこだわり続けます。 これは年齢による変化ではなく、社会資源がうまく使えてなかったのが原因です。

 でも仕方がないですね、今のような社会資源(家族会や当事者会など)ない時代でしたから。 それでもご近所付き合いをして躁状態に時々なりながら、ぼちぼちと暮らしている老父はまあまあいい生活をしていると思っています。
 年齢なりの体調の悪さはありますが、まあ安らかにあの世に行って欲しいと願う毎日です。

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介護の負担を減らしたいーワタクシの両親に胃ろうは作りません

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両親に何かあった時、何もしないと本人確認した@やすじろうです。
延命治療といえば、人工呼吸器・ペースメーカー・薬物・心臓マッサージなど思い浮かべますが、胃ろうや高カロリーの点滴も延命治療になるんだそうです。

寝たきりになり、口から食べられなくなると、点滴よりも管理しやすい胃ろうを作って、
食事の代わりの栄養剤を入れます。
水分補給ももちろんできますから、寝たきりの状態で長生きできます。

だからワタクシ両親が胃ろうが必要な状態になったら、お断りします。
もちろん自分の時も、胃ろうは作りません。
ワタクシが胃ろうについて思うことを、説明していきますね。

1.胃ろうとは

胃ろうとは、お腹から胃に向かって小さい穴を開けて、チューブで固定したものです。  
そのチューブから、ペースト状や液体の栄養剤を入れて食事の代わりにします。  
高齢でなくても、何かの病気で口から食べられない人も胃ろうを造っています。

2.ワタクシが両親に胃ろうを造りたくない理由

ワタクシの介護の負担を減らしたいからです。

ワタクシの両親が胃ろうを作るときは、意識はなくなり寝たきりになった状態。
治療をしても、回復する見込みはありません。
胃ろうの栄養だけで、十分寝たきりで長生きできます。

施設にお願いするのもありでしょうが、何かとお見舞いに行かなくてはなりません。
だから両親が胃ろうを作る状態になったら、胃ろうは断って家で介護をします。
その方がずっと楽なのです。

胃ろうがなければ、長々と介護をする必要はありません。
木が枯れるようにこの世を去る両親を、ワタクシは身ぎれいにしながら見守るだけです。

3.胃ろうは本人の意志より周囲の意志を尊重して造られる

胃ろうを作るとき、本人より家族と医師が決定する場面しか見たことがありません。
最近本人の意志はどうだったんだろう、と疑問に感じております。

ワタクシ、看護師時代は「食べられなくなったら胃ろうがいい」 などと深く考えてなかったです。
「点滴よりいいだろう、安全だし」なんて考えてました。
ですが、「なぜ胃ろうを造って生きなければならないんだろう」「本人は望んでるのかな?」などと疑問に思い始めました。

家族のエゴもありますし、「おじいちゃんの年金で、うちの家計は成り立っている」という
家庭があるのも現実です。

日本の医療は「何もしないこと」に罪悪感を覚えすぎです。
殺意があって治療しないのは犯罪ですが、 本人の意志、家族の意向であれば、 胃ろうは中止してもいいんじゃないでしょうか。
ワタクシは何もして欲しくないので、意思表示ははっきりしてますけどね。
家族の意向も聞いております。

何かあった時に、受けたい治療と受けたくない治療を元気で話ができるうちに
話し合っておいたほうがいいですよ。
日本老年医学会が、 高齢者ケアの意思決定プロセスに関するガイドライン を公開しています。
どうぞご参照くださいませ。
認知症患者への胃ろうは百害あって一利なし、この記事もあわせてご参照ください。

まとめ

口から食べられないから胃ろうを作るのですが、そのあと少し回復すれば
「口から食べられるようになるね。
 刺身が食べられるね」 というのは家族です。
本人が望んでいるのかはわかりません。
そしてなぜ刺身を食べられるまで回復しなければならないのでしょうか。
自分で食べられるとでもお考えのようですね。

両親に何かあったときに延命治療するか、
そのままこの世を去ってもらうかあまりにも皆さん考えてないでしょう。 勝手な美談を自分の中で作るでしょう。
そして勝手に疲れるのは、「できるだけのことはしてほしい」と望んだ家族ですよ。

責任取りたくないだけでしょ?
他から責められたくないだけでしょ?
「家族なのに何もしないなんて冷たいよね」って、 勝手なこと言ってる人間の話を真に受けるんでしょ?

ワタクシは両親に、延命治療は全て断ると話しています。
両親はそれで納得しています。
そりゃ、みっともない修羅場を仕事柄見てますからね。
自分はそうなりたくないから、 鬼畜だの何だの罵られようが、ワタクシは両親に胃ろうを作りません。

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両親や自分の最期をどうするか、書籍はたくさん出ています。

        

  
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「もう少し」の我慢ができず、 オンフィフで退職、      フリーランスになりました。 資産は同世代の平均以下、  原因は転職&好きなことの  やりすぎです。        保障制度に依存しない     経済力を持つため、     おひとりさまの       高齢者生活ハックを学習中。 
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