オンナオンフィフおひとりさま道

ーオンナおひとりさまの高齢者ライフを攻略するブログー

人づきあい

フリーライダーの末路ー楽しみのない日々を送る弊老母。

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弊老母を反面教師にしてきた@やすじろうです。

がんの治療は一旦終了、再発なく経過して「何してもいい」とかかりつけ医からいわれています。
が、今まで自分で動いて楽しみを見つけたことがない弊老母。ぼーっとテレビを見る毎日です。

弊亡父の冠婚葬祭は、今まで全てお客様で参加していたので何をしていいのかわかりません。
それで不機嫌になり、八つ当たりが増えてきました。 さらに加齢による聴力障害が進み、聞こえないから会話に参加できません。何かと聞き落とすことが多いです。

新しいことが覚えられないので、さらに状況がわからなくなっています。 自分が何をしていいのかわからないので、弊亡父の介護生活が始まってから適応できずに本日に至ります。
絵に描いたような他人任せの人生を送った弊老母、フリーライダーの先駆けです。遊びも人生の選択も全て他人の決断に乗っかっただけの弊老母。
自分の楽しみすら自分で見つけられず、「ひとりが好き」というけども、ひとりでいられない性格で相手にしてくれる他人をただ待つだけの日々。 

決して真似してはいけない弊老母の生き様をまとめてみました。

生き様その1.祖父の庇護で生きてきた

弊老母、4人兄弟ですが彼女だけ依存的で全て他人任せな性格です。
幼少期はわかりませんが、とにかく祖父の言うことを聞いていれば怒られないと学習したと言ってました。

決定的だったのが、結婚した夫が双極性障害を発症したこと。当時は精神疾患にかかれば即ドロップアウトという時代。離婚の選択はせずに「ワシが父親がわりになってやる!」と面倒見がいい祖父が弊老母を全面的にバックアップしたのです。

結婚したことがないワタクシはわかりませんが、夫婦で決めることもあるけど夫だけ妻だけで決断することもあると思います。
しかし弊老母は自分で決断することを全て祖父に委ねて、祖父の庇護のもとで結婚生活と育児をしてました。

生き様その2.「わからない」を言い訳に兄弟姉妹に依存する

ワタクシが物心ついた頃の弊老母の口癖が「わからない」。
依存先は祖父だけでなく、兄弟姉妹にも及んでいました。
冠婚葬祭は全て義兄弟と妹に丸投げ。
だから今回の弊亡父の葬儀の支度や香典返しなどのやり方が、全くわかりません。

葬儀屋さんが手取り足取り手配してくださったので困ることはなかったのですが、ワタクシより場数を踏んでいるはずなのに何もできないのです。
葬儀が終わってから「お義姉さんのやってること、みてなかったのよねえ」と電話で話してましたが、見てないどころかお客さんで座っていたのでしょう。

育児だけでなく社会保障の手続きも「わからない」で済ませていたので、受けられる支援はかなり取りこぼしていたと思います。
家を買ったのも義兄弟が不動産関係なので、全て都合良く物件を見てもらい手続きをしてもらいました。
「苦労した」と言う割には、全て他人に依存していたのでどれだけ「苦労した」のか…
彼女の頭の中の苦労話は、てんこ盛りの花盛りです。

生き様その3.趣味を持たずに働く日々

ワタクシが物心ついた頃から弊老母は働いていました。
弊亡父が双極性障害で世間なみに働けなかったので、弊老母が生活費を稼がねばならなかったのです。

資格も何もなかったので、ありつけたのは低賃金のスーパーマーケットや社員食堂の調理補助のパートタイム雇用の仕事。仕事が終わってくたびれ果てて、家でテレビ見ながらうたた寝をする毎日を送っていた弊老母。
資格や娯楽などに全く興味がないと言うより、勉強が嫌いで自分で何か見つけるのが面倒な性格だから自分の楽しみを見つけられなかったのです。

今でも覚えているのが、「本が読みたいから買ってきて」とワタクシに頼んだこと。
まだ本屋に活気があった時代なので、書店で店員さんに聞けば読みたい作家のコーナーに案内してくれます。それすら出来ない人なのです。

テレビだって情報番組や料理番組で生活の工夫の特集をしています。 それもぼーっと見ているだけなので、情報を利用することができない人になってしまいました。
百歩譲って「疲れていたから」を言い訳にできますが、家庭の事情を知っている周りの人がお膳立てするのに甘えすぎていたのは弊老母の責任です。

生き様その4.長男に頼るが疎遠になる

弊老母が嫌いなワタクシ、地元から離れてふらふらと働いていました。
そこで頼りにしていたのが可愛い長男様です。電話で愚痴をいい、車でドライブに連れて行ってもらい、かなり仲のよい親子だったようですが。

ヨメが来てからはもう弊老母は相手にされません。 世の中の定番、ヨメの悪口をたらたらとワタクシに話し始めました。 面倒くさいのでほっときましたが。
可愛い孫が遊びに来ていたのも、思春期まで。 友達付き合いや自分の進路などで、祖父母に構う時間は少なくなります。
孫が遊んでくれない寂しさを埋めるものを見つられないのは、想定内のことでした。

生き様その5.夫の介護に不適合

人会に地域見守り隊にと社交的な弊亡父と対照的に、弊老母は地域の人に平気で不機嫌な対応をしていました。
弊老母の友人も病気をして気軽に会えなくなり、見ているのかわからないテレビをつけっぱなしにする日々は続きました。

そして突然の弊亡父の認知症発覚と介護生活が始まります。入院していた時はいいのですが、在宅介護に切り替えた時弊老母は介護に適応できなかったのです。
食事の支度・洗濯など難しいことはありませんが、弊亡父の身体介助をやろうとします。
「お父さんのご飯の支度とか、考えてなかった」と案の定想定内の答えが返ってきました。

弊老父に執拗に話しかけ抱きつき、嫌がられる。
そして「叩かれた、引っ掻かれた」としょげていました。
(叩くと言っても弊亡父が何か気に入らない時、急所を外してちょっと小突く程度です)

そしてとうとう介護を放り出しました。
「あなたの好きなようにしてください!」と部屋に引きこもり、「お父さん中心にして」と二言目にはいいはじめ、要は「自分は世話をしませんよ」というギブ宣言をいただきました。 食事の支度すら覚える気もやる気もないことが判明。
それが介護放棄になるとも考えてなかったのが、弊老母の浅はかさです。

ケアマネージャーや訪問看護師に相談できなかったのは、ずっと相談して自分で問題解決する方法をとっていなかったからです。

生き様その6.夫亡き後の不機嫌な日々

弊亡父他界後、弊老母は閉じこもりがちになりました。
香典返しすら小姑任せにしていたので、挨拶の仕方すらわからないのです。

疎遠だった親戚と話すのも億劫で、避けていました。
年齢による聴力障害が進み、どれだけ聴こえているのかわかりません。
テレビも見ているだけで内容はほとんど理解してないでしょう。

自分の機嫌の取り方を知らないので、ワタクシに八つ当たりするのが少ない娯楽の一つです。 COVID-19の感染予防対策の中、限られた環境でも高齢者が楽しめることはあります。
それすら探せず自分の機嫌の取り方がわからない弊老母は、今日も周りに不機嫌を撒き散らしています。

まとめーフリーライダーは自分の機嫌の取り方がわからない

自分の楽しみの見つけ方さえフリーライドしてきた弊老母、当然81歳になっても自分の楽しみの見つけ方がわかりません。
加えて名義変更など諸手続きもわからないので、それも不機嫌の原因になりいつもイライラカリカリしています。

当然ワタクシは同情しませんし、弊老母を外出に誘ったりもしません。
フリーライドしてきた結果をしっかり自分で受け止めれば良いのです。
今日も弊老母はテレビか仏壇の前で孤立して過ごしています。
愚痴と文句で一生を終える、それもあなたが選んだ人生でしょう?

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アルコールのない生活―呑み会のない静かな日々。


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本来は気持ちのいい気性の人たちとアルコールの香りや味を楽しみ、美味しい料理を味わいながら、ほんわかとした時間を過ごすのが大人の呑み会だと思うのだが。

「呑み会はキライ」と確認するために、いままで散々職場のつきあいや「友情を深めるため」の呑み会に参加していたのかもしれない。

 

アルコールを口にしなくなって6年目を迎え、呑み会を断ることを覚えて10年以上は経つ。

呑み会に誘われた時、誘ってきた人間が初めてなら様子を探るために参加する。
その人間を「コイツ、一緒にいても時間のムダ」と察知すれば、のらりくらりと呑み会の誘いを断る。

断る時に「アルコールやめてるんで」と言えば、ほとんど誘われなくなる。

さらにアルコールをやめた理由に「ドクターストップ」を付け加えれば、まず呑み会に誘われない。

アルコールを呑んでいた頃は、「お金がない」「やることがある」「バスの時間があるから」など適当な理由をつけて断っていた。

 

働き始めてからほとんどの新社会人と同じように、誘われれば呑み会に参加したし企画もした。アルコールや料理を味わいたいのではなく、「大人になった」とかっこつけたかったから酒の席の誘いはまず断らなかった。中身のある話は全くせず、話題は自分語りや仕事の愚痴や不満だった。尻の青い若人には呑み会は必要な儀式だろうが、そのノリを中高年になってまで引きずっている輩はいる。呑み会で全ては解決するほど単純な世の中じゃないことに、気づけなかった輩たちだ。「朝まで呑む」「店をハシゴする」、このふたつのことがステイタスだった覚えがある。
思い起こせば1人でいられない人間もいたと思う。
 

社会人7.8年目になると先輩ヅラして後輩を呑みに誘う。
あるいは仕事で嫌なことがあれば呑み会を開く。楽しい話はなく、仕事の愚痴・上司や同僚の悪口陰口・明るくはない自分の将来のこと。
「職場を辞めたいけど、転職する勇気はないから今のところに定年までしがみつく」「キャリアアップしたいけどお金がない」…粛々と今の職場を勤め上げることは悪いことではないし、キャリアアップしたいならアルバイトしながら学校に通えばいいし資金を貯めればいい。

そういう希望のある話にはならなかった。呑み会には自分の行動力のなさを確認する人たちが集まっていただけだった。

 

呑み会が嫌いになったのは、ただのきっかけだがイヤミを言われたからだ。労働組合の役員をしていた当時、呑み会は全て経費だった。「交流会」という名義のもと、かなりの頻度で関連のある他の労組の支部と呑み会を開いた。
ワタクシの行動を日頃面白くないと感じていたお局様から、「誰のお金で呑んでんだか」とイヤミの攻撃が始まった。

お局様の言うことはご無理ごもっともだ。
組合員の会費を経費にして呑み会を開いていたのだから。
名ばかり労働組合で、労働条件は改善されないし上司は独断で仕事量を増やす。

職場の改善して欲しいことを労組の役員に話してもごまかされていたことに加えて、外からは呑み会しかしてないと見えるのかと思うと、膝から崩れる気分になった。

それから会費を自分で払う呑み会に一切参加しなくなった。

 

健診でアルコールを控えるように言われて禁酒を始めたが、気の合う人たちの呑み会には参加した。ソフトドリンクでも十分楽しめていたが、ある日の呑み会で「こんな3流の職場でしか務まらないわたしたちって」とワタクシの干支ひとまわり下の年若が吐き捨てた。
それを目の当たりにして、二度と呑み会には参加するまいと決心が固まった。

なんでもいいから自分のいるところを良くする努力はせずに、呑んでクダ巻いて気持ちを抑える悪習が脈々と受け継がれていることに脱力した。

呑み会文化が受け継がれているのなら、ワタクシ1人くらいいなくなっても構わないだろう。

クダまく以外に自分の居場所を明るくする方法を知らない人間と、これからもつき合わなくても構わないだろう。
いい大人なのに1人でいられない呑み会に誘う人間から逃れても、もういいだろう。
 

 

昨今のワタクシは、昼間にお茶やランチをしながら友人と話す。

もちろんゴシップ話をするが、お互いの明るい話題を含んだ近況報告や仕事のことなどを脈絡なく話す。

クダを巻きちらす呑み会では得られない気持ちの安らぎを得ることができる。

気の許せる相手と交流するとき、今のワタクシにはアルコールというツールは必要ない。

気の合わない人間と交流し続けたのだから、もうワタクシが好きな人間だけと深くおつきあいすることも許されるだろう。

アルコールを手放した代わりに、お茶とスイーツでも嫌な相手から誘われれば断る厚かましさを手に入れた。 

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動画を見て本読んで、ひとりの時間を楽しみます。

 


穏やかに老親と同居するために必要な、たったひとつの心がまえ。

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 老親と同居で一番大切な心構えは、自分が振り回されないこと。特にワタクシの老親のようなビビリは、くしゃみ一つで大騒ぎします。ささいな身体の不調で大騒ぎする老親に巻き込まれると、心身ともに疲れ果てます。

 うちの老親、この夏も無事に乗り越えられました。冬はインフルエンザや肺炎が心配で、夏は熱中症と脱水が心配です。ビビりな性格なので予防接種は欠かしませんし、暑いときの水分補給と涼しいところにいることは徹底しております。
 
 そんな老親のうろたえポイントは、年齢が原因でいつもと違う体調になること。痛さじゃなくて食べ物をむせたとかめまいがした時に、めちゃめちゃうろたえます。それがワタクシにとって大変負担なのです。
 ワタクシが老親に振り回されないように、生活を共にする心構えを説明しますね。

1.老親の衰えは見て見ぬ振りをする

 老親に衰えを指摘すると、神経質になって落ち着きません。だからあえて「耳聞こえてないでしょ」「忘れすぎる」など老化のことは一切言いません。一番「歳とったな」と感じるのは、耳が遠くなる・物忘れが多くなる(認知症ではない)ことです。

 時々インターフォンが聞こえない・冷蔵庫の開けっ放しアラームが聞こえない・ワタクシの声が聞こえない、こういうところで耳が遠くなったことがわかります。どこに物を置いたかわからない・置きっ放しにしているなどで、記憶力が落ちたことがわかります。

 老化が進んでいるのは本人が一番よくわかってるし、認めてくないのです。だからいちいち言いません。置きっ放しになっているものはどうするのか尋ね、買い忘れがあればワタクシが買い物します。


2.病院に行っても気にしない

 いちいち具合を聞いていたら愚痴大会になり、延々と身体の不調を聞くハメになります。些細なマイナートラブル(膝が痛いとか白内障とか)で、ちょくちょく病院に行っていますが絶対に「どこが悪いのか」とは聞きません。70歳過ぎればかかりつけのクリニックの一つや二つあって当然、命に関わることではないのです。  

 本当に具合が悪い時(熱出た・風邪ひいたなど)には、向こうから具合が悪いと言ってきます。そういう時にだけ、病院行ったのか・ご飯は食べられるか・ご飯作れないならワタクシがなんとかしようか、と聞きます。


3.看護師モード全開にする

 もちろん優しく接するのではありません。「医者はあなたの話を聞くのが仕事じゃない」と受診前に釘を刺し、自分の症状を説明できるように紙にメモをさせます。そうしないと延々体調が悪い話を、ワタクシが聞かなければならないからです。

 先日ガチギレしたのが、老父のうろたえでした。「ご飯食べてるつっかえた」と大騒ぎして耳鼻科に受診、病気ではないと言われて帰ってきました。夜眠れてるし、その後も普通に飲み食いできてるし、そもそも痩せてないのです。

 「食べ物が喉につかえる」のなら、食事の量も減り他に症状もあるはずです。 ドクターショッピングを始める勢いだったので、母のかかりつけの耳鼻科に受診、「歳とったから飲み込みが少し悪いだけ」という結果。それでも「薬がなくなったら、受診しなきゃならないか」などと理由をつけて受診しようとする老父。

 「歳とってあちこち衰えるのは仕方がない!第一、人の話を聞いてない!自分の言いたいことだけで頭がいっぱいだから、何言われてるか聞いてない!病気でもないのにしょうもないことで病院に行って、本当に病気の人が困ったらどうするんだ!」と言い放ちました。

  歳をとってくると身体にガタがくるのは仕方がない。それは病気ではないし、普段自分で気をつけることができる。不必要な受診で医療費がかかるだけじゃなく、本当に治療が必要な人が受診できなくなる。高齢者が不必要に受診するデメリットも話すのです。
 しゅんとしてますが、おとなしいくらいがちょうどいいのです。


まとめー老親で消耗すると同居はムリ

 病気になって寝たきりにならないか・苦しんで死ぬのではないか、このふたつを老親は一番心配しています。だから些細な不調にうろたえるのですが、それに同調して「本当に具合が悪いんじゃないか・自分がなんとかしなければ」などといちいち考えていたら身が持ちません。  
 歳をとれば心身は衰え、お迎えが来る。これは自然なことですから、老親が騒いでも放っておいていいのではないでしょうか。わざわざ巻き込まれて消耗する必要はありません。
 うろたえている老親に巻き込まれていたら、あなたが潰れてしまいますよ。


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「もう少し」の我慢ができず、 オンフィフで退職、      フリーランスになりました。 資産は同世代の平均以下、  原因は転職&好きなことの  やりすぎです。        保障制度に依存しない     経済力を持つため、     おひとりさまの       高齢者生活ハックを学習中。 
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