オンナオンフィフおひとりさま道

ーオンナおひとりさまの高齢者ライフを攻略するブログー

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やすじろうがオンフィフでフリーランスになるまでのこと。

             special thanks 山本あすか
                    ふるさと納税お得です。


オンフィフでフリーランスになった@やすじろうです。
2019年でフリーランス2年目を迎え、開業届を提出して、無事個人事業主となりました。
ブログを開設し、noteのアカウントを取り、文章を書くことで収入を得ようと考えるとは。

 クラウドソーシングで仕事を探し投資を始め、まさか自分がしかもこの年齢でフリーランスになろうとは。人生の予定に入ってなかった出来事です。 ワタクシの人生の予定に入ってなかったフリーランスという働き方。

 でもなんとなく「このまま看護師で正社員で働き続けてもメリットはない」と、アラフォーあたりからぼんやりと考えていました。終身雇用制度は形だけとなり、管理職でもある年齢になると一般社員に降格する「役職定年」という制度があり、50代で早期退職を募られ、同じ職場に勤め続ける意味がなくなっていることを、なんとなく感じていました。

 ついでに看護師で正社員になれば、病院内委員会活動・勉強会・新人指導など、休日返上・サービス残業で時給換算すると安くこき使われるのは経験上わかっていました。だから看護師として働くなら、契約社員か非常勤と決めていました。  

 看護師でフリーランスといえば、訪問看護ステーションの経営者があります。自分の経験を生かすならば、訪問看護ステーションを開設して自分が経営者になるのがベストです。ですが訪問看護ステーションの運営がいかにきついか収益につながらないかは、はたから見てよくわかっていました。

 「自分のしたいケアができるから独立したい」など、ぬるい夢見事を考えるほどワタクシの尻は青くありません。 看護師の仕事以外でフリーランスになれる仕事は何かと考えて、思いついたのがブログとnoteで収益を上げることです。

 心身クラッシュした時期にネット民になり、在宅で働く稼ぎ方・ローリスクローリターンの投資など看護以外でも食べていけることがわかりました。この時ついでにバーンアウトもしてましたから、二度と医療に関わることはないだろうと考え、全く看護師の仕事に復帰する気は失っていました。おまけに病院など医療機関以外で、看護師の経験を活かせる在宅ワークも見つけることができました。

 それではワタクシがフリーランスになったきっかけとなぜフリーランスになったのか・フリーランスになるまでの道のり・一体何をして収入を得ているのかなどなどこれから書いていきますね。

ステップ1 上野千鶴子氏の方向転換に気づく

 ワタクシが自営業を意識したのは、上野千鶴子氏のベストセラー「おひとりさまの老後」を読んでからでした。

 定年退職した後は、再雇用ではなくスモールビジネスで稼ぐのがベスト、というフレーズがワタクシの頭のどこかに引っかかっておりました。 定年間近の年齢であれば、自分が生活できるくらいの収入が毎月あれば十分です。

 おまけに年金制度はこれからどうなるかわかりません。年金や退職金以外の収入源は確保しておくべき、と上野千鶴子氏はアドバイスしておられます。毎月10万円程度稼ぐなら、それほど難しくないとも書いておられます。その才覚がなければ、アラフォーあたりから副業を始めておけば、十分軌道に乗って定期収入が得られるでしょう。

 独立して収入が得られるのなら、わざわざ再雇用先を探す苦労も必要ありません。新しい職場の若人たちから「あのジジイ/ババア、使えねえ」と、うとましがられることもありません。誰にも気兼ねすることなく、ひとりでマイペースに働けるのはいいことじゃないですか。  

 上野千鶴子氏はフェミニズムの草分け的存在です。介護保険が始まった頃から、保健医療福祉分野でよくお見かけするようになりました。てっきりワタクシは「育児・介護など無料でヨメがやらなければいけないことなのか!」とお怒りになって乗り込んで来られたと思っておりました。

 いえいえ、上野千鶴子氏は「独身女性が家族に頼らず老後を送ることができる制度ができた」と、介護保険を利用する気満々で保健医療福祉分野に参入してこられたのです。著作も随分と介護やケアをテーマにしたものが増えました。

ステップ2  心身クラッシュして医療で働くのはムリ、フリーでゆるく稼ごうと決意する

 研究・教育職に望んでついたわけではないですが、楽しい・面白いと感じられる仕事でした。ですが、他人と距離感が取れない上司からのパワハラで心身ともにクラッシュ。
 その上司の人となりは弊記事オンナおひとりさまたち、持病の管理ができないと自分の能力と人間関係を失うよ。をご参照ください。

 おかげで任期更新ができず看護の仕事に絶望してバーンアウトしたことに気づき、二度と保健医療福祉に関わる仕事はするまいと決心しました。他人と顔をあわせるのも嫌で、ひたすらインターネットの世界に入り浸る日々が続きました。ネット民になって意識して何かを探したわけではなのですが、SNSでイケダハヤト氏を知りのブログで稼げることを知りました。

 失業保険で生活できていましたが、いずれは働かなくてはなりません。お金のために派遣会社からゆるく働ける看護師の仕事を紹介してもらい、必要最低限の稼ぎがあればいいと考えていました。この時、某ボディワークのトレーナーになって稼ごうとも考えていましたが、ビジネスモデルができていないのでまず食べていけるほどの収入は確保できません。(結局某ボディワークの組織から、不適合扱いされて出入り禁止になったのですが)

 それならブログで稼ごうと、イケダハヤト氏のオンラインサロンに入会し、2016年1月にブログを開設しました。 もちろん最初から稼げるわけはなく、日記のような内容のブログ記事を更新する日々が続きました。ブログで稼げる仕組みをまったくわかっていなかったので、サーバー・アフィリエイト・SEOなどまったく理解してない状態でただただ記事を更新していました。

ちょっと補足:看護師の仕事でフリーランスにならなかった理由

 ハイリスク・ローリターンだから、看護師の仕事で独立する考えは全くなかったです。看護師でフリーランス・独立開業といえば、訪問看護ステーション開業・人材派遣会社起業・セミナー講師があります。

 訪問看護ステーション開業は、はたから見ていていかにきつくて収益にならないかがよく伝わってきました。提携するクリニックや病院探しから始めなければなりません。ワタクシ、ケアマネージャーの資格を持っていないので、介護保険に対応できません。ある程度の担当する患者さんがいなければ、ケアマネージャーの資格保有者を雇って給料を出せるほど収益はあげられないでしょう。

 自分の経験を生かすならば、訪問看護ステーションを開設して自分が経営者になるのがベストです。医療訴訟が当たり前になった今日この頃、リスクマネジメントを考えて担当する患者さんの状態や家族の考え方など、慎重に情報収集しなければなりません。そうでないと、簡単に訴えられてしまいます。敗訴すれば信用も財産も失います。  

 今は看護師不足に拍車がかかってますから、人材派遣会社は乱立しています。老舗のじんざい派遣会社がいい案件を持っていますから、遅れて起業したワタクシが探せる案件は条件が悪い医療福祉施設です。条件が悪い医療福祉施設に派遣すると話が広がれば、誰も看護師は登録しません。

 医療福祉機関でのセミナー業は、安く買い叩かれます。ただでさえ赤字の医療福祉機関、セミナーを開いたとしてもギャラはそれほど期待できません。建前上、研修をしているだけなので、できるだけコストを抑えたいのです。医療福祉機関が続けて決まったセミナー講師を依頼するのか、毎月依頼があるのかを考えると、セミナー業で独立するのもリスキーです。

 「自分のしたいケアができるから独立したい」など、ぬるい夢見事を考えるほどワタクシの尻は青くありません。

ステップ3   なりゆきで任期付きの仕事につく

 今は絶縁した知人の事務所の手伝いをしている時に、知人の恩師から仕事のお誘いがありました。医療と名のつくものとは縁を切りたかったのですが、研究・教育職には未練がまだあったのです。「イヤだったらすぐやめよう」と軽い気持ちで、仕事のお誘いを受けました。

 未練の他に安定した収入が3年間保障されるのは、魅力的でした。看護教育機関の規定が厳しくなっていたので、今までのようにちょっと病院で働いたことがある程度のキャリアでは、看護教育に関わることができないご時世です。看護師で働いた経験と看護教育の経験を持っていたワタクシ、なんとか教員としての規定をクリアいたしました。  

 今Fランク私立大学は学生確保のために、看護学部を増設しています。ワタクシが誘われた職場も同じで、もともと嫁入り道具として進学する女子大学でした。だから長居せずに3年間の契約期間だけ働いて、その間に在宅で稼げるようしておこうと考えていました。

ステップ4   資金が貯まる前に自分のメンタルが限界になり契約途中で退職

 地方の看護大学にはろくな人材が集まってないことを改めて体験して、「これ以上ここにいても、なんのメリットもない」と避難するために退職しました。そして二度と看護師をしない、看護師で働かないと決意を新たにしました。

 現代医療についていけない、労働基準法もリスクマネジメントも理解できない、ただ経験年数とコネクションしかない高齢者看護教員たちと一緒に働くのは、それはそれはリスキーなことでした。立派でまともな看護教員もいらっしゃいますが、大半は看護師として仕事するには難ありの人が、病院附属の看護学校に異動して看護教員になっていらっしゃいます。
病院附属の看護学校は別名「看護師の墓場」と呼んでいました。
 
 無意識で人が一番ダメージを受ける発言をする看護師独特の底意地の悪さは、この職場でも健在でした。気分の浮き沈みが激しく、出勤するなりどなり散らす上司はここでも健在。他にも「仕事はない」とウソをついて、ワタクシが働いてないように仕向けた還暦近い初老の看護教員など、なかなか香ばしい人材が揃っていました。

 「お金のため、フリーランスで独立する準備のため」と自分に言い聞かせて仕事をする毎日でした。ですがもう我慢の限界、退職する決心をしたのは、何度目かの「あなたは働いてない」という言葉。座っている人は仕事をしていないと判断し、人材は育成せず使い潰すものと考える 職場。
どこへ行っても同じ、これ以上看護界隈にいるとぶっ壊れると改めて実感したのです。 

「このまま出勤したらヤバイ」と経験上自分の中でアラームがなるので、無断欠勤を続けました。対面で話し合う勇気がない上司なので電話で退職を告げて、職場の後片付けをして退職手続きをしました。 これでキレイさっぱり看護とは縁が切れた、さあフリーランスで働くぞ、と清々しい気分で在宅ワークにのぞんだのです。

ステップ5  大失敗のフリーランスデビュー

 準備万端でフリーランスになり独立する必要はありません。しかし最低限のイメージを持つ・副業を始めておくなど、働きながらでもやることを考えて行動しておくべきでした。 詳しくは弊記事【フリーランス失敗談】やらかした4つの大失敗と仕事を辞める前にしておくべきこと。をご参照ください。

 3年間の契約期間にブログとnoteをある程度収益化して、フリーランスになる準備をするつもりでした。ですが、フリーランスになる計画を具体的に立てておらず、心の準備もスケジュール調整もしていません。もちろん大失敗のフリーランスデビューを飾りました。

 固定収入がなくなり、焦って冷静さを失う・焦った頭で探したクラウドソーシングの案件は報酬を安く買い叩かれる・クラウドソーシングの仕事をするより探す時間が長い・固定収入のためにアルバイトを始め「働くと疲れる」ことを忘れていたのでコンテンツを作る時間が取れない・アルバイトのシフトとクラウドソーシングの納期と資格を取るためのスケジュール調整ができない。

 見事に稼げない悪循環にはまってしまい、絵に描いたような大失敗をやらかしました。今思えば怪しげな情報商材をいくつか買っていてもおかしくない精神状態でした。(幸いなことに怪しげなものは買っておりません) 在職中にクラウドソーシングに登録したにもかかわらず、どんな仕事があるのか・自分のできる案件はあるかなど全く情報収集をしてなかったので、登録したての時に受けられるサービスなど、すべて見逃していました。

 案件で上がってくるのは、画像加工・プログラミングなど自分に足りないスキルの仕事ばかりです。在宅で稼ぐことにこだわりすぎたワタクシが持っているスキルはワードとエクセルだけなので、できる仕事はかなり絞られます。救いは看護師の仕事に戻らなかったことです。看護師で週3日働けば、最低限の収入は得られますが、ガチで看護師の仕事は疲れます。ついでに看護師の職務経歴書を見せれば、てんこ盛りに仕事を背負わされるのはわかっています。

 看護師の仕事をしていたら、頭とメンタルは疲れ果て、看護師以外の仕事でフリーランスになる決心はできなかったでしょう。「お金のため」と言い聞かせて、看護師の仕事に戻っていた可能性は大でした。  契約期間の途中でやめることを考えて、固定収入の確保・独立して働くスケジュールを立てておく・準備しておくべきことはたくさんありました。

 ですがワタクシはぼんやりと「フリーランスになって独立する」と、契約期間に考えてなかったのも大失敗のひとつです。 「フリーランスになる」と誰でも言えますが実際にそれで生計を立てていけるか考えて行動しないのは、「大きくなったら宇宙飛行士になる」と勉強もせずに遊んでいる小学生と同じです。

ステップ6   現在のワタクシ

 アルバイト・資格の勉強・ブログとnoteの更新・クラウドソーシング、今やっとこの4つのスケジュール調整をして生活できるようになりました。 2017年9月に自称フリーランスとなり、2019年4月に開業届を提出して個人事業主になりました。

 自分の計画のまずさから勝手に焦りまくってジタバタした時期も落ち着き、スーパーマーケットの商品陳列のアルバイトで固定収入を確保しました。アルバイトの時給に逃げないように出勤日数を調節して、自宅でブログとnoteの記事を作る時間を確保しています。クラウドソーシングも続けてますが、条件をよく聞いて仕事を選んでおります。

「メンバーを8分の1に絞り、たまにしかメンバーの募集をしない。しかもごく少人数の枠しか募集しない」伝説の資産メディア構築実践会で、ブログの大改造をしてもらいました。日記ブログから脱却して、自分のターゲット(今の収入で老後資金が貯められるか心配な・親の介護中あるいは介護する予定の・ひとり暮らしを続けたい・病気になったら、積極的な治療はせずに死にたい・他人とゆるいつながりを持ちたい・月収15〜20万円くらいの40代以上の独身女性)に向けたブログになりました。

 ワタクシはブログ一本で稼ぐのは無理なので、パラレルワークとソーシャルレンディングの資産運用で収入源を複数にしています。今登録しているのがタイムチケットという30分の時間を切り売りするサービスです。ここで簡単な介護相談・健康相談・禁煙サポートのサービスを始めるために準備中です。

 メルカリ・ラクマをフル活用して収入源にしています。 身体の負担を少なくする動き方の勉強は続けており、うまくいけば2年後にトレーナーの資格認定がおりてレッスンが始められます。 10人限定条件付きのおひとりさまオンラインサロン計画は、mixi時代のマイミクから紹介してもらったLINEグループで勉強中です。

 目標の毎月30万円はまだまだ遠いですが、今は在宅で毎月大体500円くらい稼げるようになりました。 

まとめーこれからのワタクシ

 自分がフリーランスになった理由を改めて考えると、「嫌なことはこれ以上何もしたくない」です。楽しくハッピーなおひとりさま高齢者ライフを送るためには、収入は必要ですが嫌なことで稼ぎたくないのです。  

 しがみついてまで働きたい場所がないワタクシ、働く場所は自分で作って年金などに依存しないために稼いでいきたい気持ちは変わりません。 「嫌な人と顔を合わせたくない」も、フリーランスという働き方を選んだ理由です。商品陳列というアルバイトを選んだのも、できるだけ他人様と顔を合わせたくないから。

 残り少ない人生を、ご機嫌に過ごしたいのです。 目標の「在宅で月収30万円」はまだまだですが、目標達成のために地道に精進していきます。


やすじろうって何してきた人? IMG_0978
高齢者おひとりさま生活をハックする、 
やすじろうのプロフィール
はこちら。 







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                         副業にいかがでしょう     

 

高齢者おひとりさま生活をハックする、やすじろうのプロフィール。



2016年元旦にブログを始めて、自己紹介をしていないやすじろう@2700_hermosoです

「『やすじろうって誰よ?』」と、不審に思ってらっしゃるでしょう。

ワタクシを詳しく知っていただくために、プロフィールを書きました。


「もう嫌なことはしたくない!やりたいことで稼いで、自分の思い通りに生きていく!」と決心したのが、ブログを始めたきっかけです。


最初からおひとりさまを貫くつもりはなく、選んでおひとりさまになったわけもなく、

結果としておひとりさまで暮らしてきました。
これから家族やパートナーを持つ気は全くありません。

目次


1.機能不全家族成育期。


2.人生の底辺期


3.思春期のやり直し期〜

  承認欲求を満たすボランティア活動期


4.学歴をごまかす受験・進学期


5.ハラスメント地獄期


6.フリーランスで死ぬまでゆるく働く修行期


 

 

1.機能不全家族成育期


1960年代に広島市に生まれ過ごしました。

ワタクシが7歳の時、父親がうつ病になった後引きこもりになりました。

代わりに母親がスーパーのレジ・販売員など低賃金労働で家計を支えていました。
 

家計を支えるのに精一杯の母と、引きこもりの父。

親の役割を担う余裕はなかったのです。
 

プロフィール2


懐かしい遊び場・平和記念公園です。
 

 

兄が一人いますが、これが典型的な地方の長男。

母親も田舎者なので、長男である兄を甘やかして育てた結果、モラルハラスメントをナチュラルにやる人間に育ちました。


小さい頃は親の見えない所でワタクシをぶん殴る。
思春期になると気に入らなければ、 テーブルをひっくり返す。

ワタクシの人格を否定するなど、兄から虐待を受けていました。

 (「お前が〜するから俺が怒らなければならない」という典型的なモラハラDV加害者の物言いをします)


何かを否定しないと自分を保てない、DV加害者に近い人格です。

世間様がDV・虐待・ハラスメントを取り上げるようになって、兄との支配・被支配関係に気づき、実兄とは15年前に絶縁しました。

 

 

2.人生の底辺期


どんなに辛いことがあっても戻りたくない時期です。

「女でも自分で食べていける仕事を持て」というポリシーを持つ祖父の勧めで、看護師を目指しました。


「作家になりたい」「舞台照明がやりたい」「調律師になりたい」など、まともに進路を考えてないことを祖父に見破られたのです。

看護学校は全落ち、「もう家にいたくない」理由だけで、高校卒業後、悪名高い医師会看護学校に入学します。

 

学校・仕事では「医師会卒は何も考えてない」「レベルが低い」「開業医あがり」など、

常に口汚く、こき下ろされます。

特に赤十字系の病院はひどいです。


プライベートは思春期の「ひとりは寂しい病」のため、集まれば人の噂話と彼氏の話しかしない田舎者のくせにカッコつけるオンナと遊んでいました。

 つきあう彼氏のタイプは「早く結婚して家庭を持ちたい、もちろんお前は専業主婦。家建てるときはローン返済するからパートで働け」という田舎ヤンキーばかり。


「広島を出たい、東京に行きたい」と、ただぐずぐず悩んでおりました。
 

 

3.思春期のやり直し期〜承認欲求を満たすボランティア活動期



田舎の息苦しさと「医師会卒は看護職にあらず」という扱いに、「広島にいる理由はない」と

赤十字系列の病院を退職、東京へ引っ越しました。


人材派遣会社に登録して収入を確保、ティーンエイジの時の欲求不満を爆発させました。

小劇場・ライブハウスに通いつめ、新宿を用もなくうろつく日々。

 いい加減満足した後、労働条件の良い、学閥のない病院に就職しました。

看護師特有の底意地の悪さはありましたが、田舎よりはまだマシ。


そのままおとなしく勤めていれば良いものの、承認欲求がムクムクと沸き上がり、NGOでのボランティア活動にのめりこみました。

仕事場では文句を言われ、こき使われるだけですが、ボランティアに参加すれば皆ワタクシに感謝する。

ボランティアは「支援するワタクシって意識高いわ!」「困っているあなたを、ワタクシが支援してあげてよ!」、と貧しい自分の承認欲求を満たすには、十分すぎる行動でした。


貧しい承認欲求を満たしたい気持ちは国内にとどまらず、活動範囲を海外に広げボランティアという名の承認欲求を満そうとしました。

 

ところが支援慣れしている当事者から見れば、ワタクシは搾り取れるカモでしかなく、一度目はまんまとカモられました。

金額は10000円くらい。


自分の思い通りの支援を受け入れない当事者に怒り心頭だったのは、当事者がワタクシに

感謝しなかったからです。

ボランティア活動をする動機が貧しい承認欲求だと、当事者は当然気づいているのです。

 

それでも懲りずに2度目の海外ボランティアに参加した時、「国際協力」は国や団体の間で最初から決まった支援方法があることに気づきました。

援助される側は、欲しいものをねだる構図が出来上がり、発展や自立などとは程遠いことを目の当たりにしました。


自分の貧しい承認欲求と、何様気取りのボランティアたちに、いい加減嫌気がさし、二度と「ボランティア」と名のつくものには関わるまいと決心したのでした。

 

4.学歴をごまかす受験・進学期


ボランティアから足を洗って帰国した頃、学歴で散々こき下ろされてきたワタクシは、大学進学を決意します。

まず、東京の医師会卒でも入学できる看護大学を志望校にして、予備校に通い受験準備をしました。

 

地方の看護大学は看護師免許取得コースを問わない上に、おばあちゃん看護教員がそのまま大学に天下りしている質の悪さとレベルの低さ、進学するなら東京の大学と目的を絞りました。

必死に勉強&コネクション作りに励んだ甲斐あり編入学に成功、最終学歴が大卒となりました。

 

非常勤勤務が長く続いたので、就職を考えていた頃に大学院受験の話がきました。

 本心は学士号で満足していましたが、周りに説得されて大学院進学しました。

東京から長崎にお引越しです。


自分語りと過去の栄光にしがみつく指導教官は、聞かれてもいないのに「この人、私のところでどうしても勉強したいから東京から来たのよ」とふれ回ってくれました。


悔しいのでことあるごとに「この歳で大学院に進学するより、正社員で働いた方が安定した生活が送れます」「修士号が取れるならどこでもよかった」と彼女の発言を端からを否定しておりました。


2年で無事に修士号取得、東京に戻ろうと考えていた時に、お世話になった方から長崎で看護教員をやらないかとお誘いを受けました。

 

5.ハラスメント地獄期


1)ハラスメント地獄その1


長崎の就職先で無難に仕事をしていたのですが、人事異動がありました。そこで待ち受けていたのがDV型ハラスメント。


巧妙に周りから孤立させて二人きりになりたがる。

優しく接する時もあるけど、きっかけがわからず怒り狂い、そのあと必ず優しくなる。

まさにDVでした。


この状況がおかしいことに気づかないのが、ハラスメントの恐ろしいところです。

ハラスメント委員会に申し立てしましたが、証拠不十分のため「ハラスメント行為はなかった」と結果が出ました。


ですがカウンセラーから「とにかく逃げろ」とアドバイスを受けたので、顔を背ける・会議は遠くの席に座る・廊下で出会うと180度回転して背を向けてダッシュするなどしましたよ。

 
全く理解がない職場で、復職しても孤立したままでした。
管理職と在籍していた大学院の指導教官からは、「いつ働けるんだ」と催促と叱咤の日々。

心身ともに追い詰められて休職、契約更新できずに契約満了となりました。


博士号を取るために大学院生をしてましたが、これ以上長崎にとどまる気力・体力はないので

大学院を退学しました。
 

東京で再び消耗する行動力もなかったので、地元広島に身を寄せることになりました。

 

2)ハラスメント地獄その2


広島に戻り、起業した古い知人から声をかけられ、彼女の会社を手伝うことになりました。


ですがこのオンナと近い距離で接して初めて、「若い男の子はセクハラの対象」「人を見下し、自分は何様、他人は奴隷」という本性がわかったのです。

 尊敬する部分もあるのですが、すっかり劣化してしまいました。

 

セミナーの内容は自分の話がほとんど、自分のケアの素晴らしさを延々と話します。

おまけに時間が全く守れません。
話し始めると全く時間の感覚がなくなるのです。


メリットのない他人をゴミ扱い、社会的地位が上の人にはちぎれんばかりに尻尾を振る。

ワタクシがこのオンナを持ち上げないので、謎の理由でその会社を出禁となりました。

 

3)ハラスメント地獄その3


古い知人の紹介で地元の看護学校に就職したのですが、そこは悪霊の溜まり場でした。

虚言癖・ヒステリー・ストーカー気質などなど、条件が揃いすぎてました。


座っていれば「働いてない」と噂話を流される、扉の向こうからずっとこちらを見る、

突然怒り怒鳴り始める…
 

3年我慢すれば契約満了と思い我慢していました。

相談窓口や上司に対応を求めても全く何も変わりません。

15ヶ月で退職しました。


「これ以上我慢したらまた潰れる」と心の悲鳴が聞こえたその日から、仕事は休みました。
 

電話で「やめるか働くかどっちかにしろ」とまくし立てられたので、退職すると伝え職場とおさらばしました。


これだけハラスメント地獄を味わったので、医療の仕事に戻らないと決心できました。

 
 

6.フリーランスで死ぬまでゆるく働く修行期

アラフォーで「正社員で働くのはやめよう。非常勤で自分が食べられるだけ稼ぎがあればいい」と考えておりましたので、フリーランスになりました。


「あとちょっと我慢すれば」と言われますが、そのちょっとが我慢できないのです。

 

広島に帰ってからブログで稼げることを知り、再就職中もブログを続けておりました。

 ブログを通してネット民になり、資産運用・ポイントサイト・クラウドソーシングを知り、

嫌な仕事に戻らなくてもお金が稼げることを知りました。


やりたいことでお金が稼げないので、ブログで稼いでやりたいことに突っ込もうと計画しております。


おひとりさまのまま自宅で最期を迎え、 2拠点生活を目標に死ぬまでゆるく働き・稼ぐため、精進をしております。


終わりに

今は全く稼げませんが、アドバイスをいただき、ブログを改造し、noteを書いて修行中です。
自分一人、食べていけるだけ稼ぐなら、負担はありません。
アラフィフブログ飯、無茶かもしれませんが、どうぞ見守ってやってください。



皆生温泉です。
住みたいところです。

 
皆生温泉移住したいところ2

 



 尾道です。
ここも住みたいところです。
移住したいところ1

 

 

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リニューアルのため、ちょっとお休みします。

いろいろお得なふるさと納税
 

バージョンアップするため、
ちょっとお休みしますね。
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この道の先には何があるんでしょうか? 






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やすじろうのプロフィール
「もう少し」の我慢ができず、 オンフィフで退職、      フリーランスになりました。 資産は同世代の平均以下、  原因は転職&好きなことの  やりすぎです。        保障制度に依存しない     経済力を持つため、     おひとりさまの       高齢者生活ハックを学習中。 
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